6

 翌朝――


 カトリーナは気まずい空気のなか朝食を取っていた。


 目の前にはレオンハルトがいて、よくわからないが、幸せそうににこにこと笑っている。


(……不気味だわ)


 王太子の笑顔を見慣れないカトリーナには、それが気味の悪いものにしか映らない。いったいレオンハルトはどうしたのだろうか。頭でも打ったのか、それとも王太子にそっくりの全くの別人か――、そのどちらでもないのならば、きっと何かを企んでいるのだ。そうに違いない。


 カトリーナはナイフとフォークを使って、フワフワのオムレツを切り分けると、優雅な仕草で口に運ぶ。普段は妄想気質であまり令嬢らしくない言動の多いカトリーナだが、身についている所作は幼いころから母に、王太子との婚約が決まってからは専属の教育係にみっちりと叩きこまれており、どこに出しても恥ずかしくない令嬢そのものである。


 もちろん王太子の食事のマナーも模範的で、結果、王太子もカトリーナもほとんど音を立てずに食事をするものだから、居間には奇妙な沈黙が落ちていた。


 給仕係も困惑気味で、かすかな物音でも立ててはいけないかのような緊張感が漂う中、震える手で紅茶を注ぎたしてくれているのを見ると申し訳なくなる。


 カトリーナは場を和ませるため、給仕係ににっこりと微笑みかけた。


「今日の食事もとても美味しかったわ。料理長にありがとうと伝えてくれる?」


 すると給仕係はこれ幸いと背筋を伸ばして一礼すると、料理長にカトリーナの言葉を伝えるべく、そそくさと退場した。


 するとレオンハルトは、カトリーナの笑顔を見つめて口を開いた。


「優しいんだな」


「え?」


「今、わざと給仕係を下げただろう?」


「……たまたまですわ」


 カトリーナは小さく首を振って、クロワッサンを口に運ぶ。


 レオンハルトはカトリーナをじっと見つめたまま、眉を下げた。


「俺は君を見誤っていたようだ。君はこんなに素敵な女性だったのだな」


「……いったい、どうなさいましたの?」


 あまりに唐突すぎる王太子の言動にカトリーナはついて行けない。


 クロワッサンを食べ終えて、スープでのどを潤すと、カトリーナはレオンハルトが食事にあまり手をつけていないことに気がついた。


「お口にあいませんでした?」


 心配になってカトリーナが問いかけると、レオンハルトは慌てて首を振る。


「いや、とても美味しいよ」


 そう言ってスープを口に運ぼうとして顔をしかめるのを見て、カトリーナはあることに気がつく。


(もしかして、猫舌……?)


 カトリーナは熱々のポタージュスープと、同じく熱い紅茶に視線を落とすと、少し考えてメイドを呼んだ。


「フレッシュジュースはあったかしら?」


 パンを食べると喉が渇くが、スープも紅茶も熱ければ、食事がとりにくいだろう。


 カトリーナがレオンハルトにオレンジのフレッシュジュースを用意するように告げると、彼は目を丸くした。


「紅茶が冷めるまでは、そちらをお飲みください」


 メイドが下がったのを見計らって小声で言えば、レオンハルトの顔が驚きから感動にかわる。


「君はなんて優しいんだ……!」


 何がそこまで王太子を感動させたのかはわからないが、女神を見たと言わんばかりの視線を向けられてカトリーナは居心地が悪くなった。


(……殿下ったら、どうしちゃったのかしら?)


 本当に頭を打ったのかもしれない。カトリーナは心配そうに王子の頭を見つめたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る