5

 エドガーはがたがたと不規則に揺れる馬車の中で苛々と膝と揺らしていた。


(後先考えないアホ王子め……!)


 エドガーはアッシュレイン侯爵家のカントリーハウスに向かっていた。


 アッシュレイン侯爵領までは馬車で三日かかる。一足早く出発したレオンハルトに追いつくことはできないだろう。


 王都にあるアッシュレイン侯爵家にカトリーナに会いに行った日、執事からカトリーナがカントリーハウスに向かったこと、カトリーナの母親である侯爵夫人が彼女をほかの男とさっさと結婚させようと考えていることを知ったエドガーは、慌てて城に引き返した。


 そして動揺したままレオンハルトに聞いてきたことをそのまま伝えてしまったのだ。


 エドガーはレオンハルトのせいでカトリーナが望まない結婚をさせられることを何としても防がなくてはならないという使命が――エドガーが勝手に思っているだけだが――ある。


 カトリーナの初恋の男がレオンハルトだったことは誤算だったが、侯爵夫人が勝手に結婚相手を見つけてくる前に、どうにかして彼女の望む男性を用意しなくてはならないのだ。


 娘に甘いアッシュレイン侯爵も今回のことで相当弱っていて、侯爵夫人をうまく御せるとは思えない。せいぜい時間稼ぎが関の山だろう。それほどの猶予は残されていなかった。


 エドガーは動揺と怒りを王子にぶつけたあと、カトリーナが恋に落ちてくれそうな「王子以外の」金髪と青い瞳を持った男を探すために城を飛び出した。


 レオンハルトを連れて「あなたの初恋の相手です」と言ったところでカトリーナが喜んでくれるはずはないからだ。


 城を出て行く前、レオンハルトがショックを受けたような顔をしていた気がするが、その時のエドガーはこれっぽっちも気に留めていなかった。


 それが、あだとなった。


(まさか単身でカトリーナ嬢に会いに行くなんて……)


 エドガーが部下に、もう誰でもいいから二十歳前後の金髪碧眼の男の情報を片っ端から集めろと命令して、自らも情報集めに奔走し、夜になって城に戻ったときには、レオンハルトはすでに城にいなかった。


 聞くと、アッシュレイン侯爵領に一人で向かったというではないか。


 あの王子のことだ、いてもたってもいられずに会いに行くことにしたのだろうが、きっとなにも考えてはいない。


 エドガーは慌ててレオンハルトを追いかけて、こうしてアッシュレイン侯爵家のカントリーハウスに向かっているのだ。


 エドガーは馬車の帳を開けて、朝日が差し込む田園風景を眺める。


 もうじき、アッシュレイン侯爵領に入る。突然カトリーナを訪問すれば驚かせてしまうだろうから、先に湖の近くにある王家の別荘に向かうつもりだ。


 おそらくレオンハルトもそこに滞在するつもりであろう。


 エドガーはぐったりと背もたれに寄りかかる。


「さて、いったいどう収集をつけたものか……」


 レオンハルトの恋が絶望的なのは間違いないが、カトリーナには幸せになってもらいたい。


 けれどもエドガーには、どうしていいのかさっぱりわからないのだった。

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