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「アリッサ、クリス様がね、素敵なのー」


 うっとりとした顔で語られるカトリーナののろけを、アリッサはうんざりした表情で聞いていた。


 クリス様が素敵、カッコいい、優しい……、それらの言葉は、もう耳に胼胝たこができるほど、さんざん聞かされたからである。


 カトリーナは紅茶に蜂蜜を落として、くるくるとスプーンでかき混ぜながら、ほう、と息を吐く。


 三日前、隣町にあるマカロンが美味しいと評判の店で、クリスとおしゃべりを楽しんだ。彼は優しくて楽しくて、もともと素敵だと思っていたが、カトリーナはその日一日でクリスのことが大好きになったのである。


 そして昨日、再びクリスと待ち合わせをして、一緒に散歩をして、風車小屋の近くで二人で空を眺めた。


 明後日は、この邸に招待している。


「お嬢様、幸せそうなところ水を差すようですが、クリス様がどこのどなたかもわからないのに、親しくするのはいかがなものでしょう?」


「あら、知っているわよ! 十年ほど前から隣町に住んでいるクリス様よ」


「それは知っているうちに入りません。悪い人だったらどうするんですか?」


「クリス様に限ってそんなことがあるはずはないわ」


「……その自信はいったいどこから来るんですか」


 アリッサがやれやれと首を振る。


「まあ、育ちのよさそうな方ですし、貴族か、貴族でないにしても良家の方なのでしょうけれど……。ただ、隣町はミルドワース伯爵の領地です。伯爵にはクリス様くらいのお子様はいらっしゃらなかったはず。自分の領地でもないのに、こんな何もないところに十年もいらっしゃるというのは、少し妙と言うか……。所作は王都にお住いの方のように洗練されているのに」


「きっと自然が大好きな方なのね!」


 カトリーナが紅茶を口に運びながらにこにこと笑えば、アリッサはがっくりと肩を落とした。


「お嬢様は本当に能天気でいらっしゃいますね」


「あら、アリッサが神経質すぎるのよ。もっとにこにこしていないと、素敵な恋は訪れないわよ」


「素敵な恋は必要ないので結構です」


「えー」


 カトリーナが口を尖らせる。


 アリッサがからになったティーカップを片づけはじめると、カトリーナはテーブルの上においていた本を手に取った。


 隣町の本屋で買った十七冊のうちの一冊で、お互い好きなのにすれ違う切なくも甘い恋の物語だ。


 しおりを挟んでいたところを開いて、続きを読みはじめながら、


「ああ、じれったいわぁ。どうして好きって言えないの? でも……、意地っ張りな男性もたまらないわぁ。わたしだったら……うふ、うふふふふ……」


 と、カトリーナが妄想の世界に浸って、お嬢様らしからぬ笑い声をあげはじめたのを横目で見ながら、アリッサは先が思いやられてため息をつくのだった。

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