再会

1

 エドガーは王都にあるアッシュレイン侯爵家の邸の門の前でうなっていた。


 思い返すのは二日前――。


 仮面舞踏会でであった初恋の女性が、実は自ら婚約破棄をしたカトリーナだろうと言われ、レオンハルトはびっくりするくらい動揺していた。


「ま、う、じょ……っ」


「待ちませんし嘘でもありませんし、冗談でもありません」


「どうしてお前はそんなに冷静なんだ!」


「安心してください、これでも動揺しています」


 レオンハルトは見事な金髪を両手でぐしゃぐしゃにかきむしると、ソファに立ったり座ったり、部屋を歩き回ったりしては落ち着かない様子だ。


「『紫の君』が実はカトリーナで、カトリーナの初恋が俺で、でも婚約は破棄した? ―――じゃあ、今の俺とカトリーナの関係はなんだ!」


「無関係ですね。元婚約者と言う名の、他人です」


「………」


 レオンハルトは歩き回るのをやめると、エドガーを睨みつけた。


「冷たいぞエドガー!」


「冷たいのはあんたでしょう。あんなに素敵なカトリーナ嬢なのに、好きな人ができたと身勝手な方法で婚約破棄しておいて、どの口が言うんですか」


「カトリーナはいつも作り笑いで会話もまともに成り立たなかったんだ! 仕方ないだろう」


「それはあんたが、会うたびに始終むっつりと不機嫌そうに黙り込んでいたせいでしょう。会ってもにこりとも笑わない婚約者に、作り笑いとはいえ微笑みかけてくれていたカトリーナ嬢は天使ですよ」


「うっ……」


 レオンハルトは再び部屋の中を歩き回りはじめる。


 そして、突然ぴたりと足を止めると、ぐっと拳を握りしめる。


「カトリーナに会いに行く」


「は?」


「会って確かめるのが早いだろう。ついでに昔の思い出話でも……」


「あんた、馬鹿ですか?」


 エドガーは心底馬鹿にしたような視線をレオンハルトに向けた。


「どのつら下げて会いに行くと? 婚約破棄は勘違いでした、実は君とは知らず恋に落ちていました、さらに十二年前の君の初恋は俺です結婚してください―――とでも言うつもりですか、馬鹿か?」


「さっきから馬鹿馬鹿と俺を誰だと思っているんだ!」


「王太子ですよ、絶望的ですね、この国は終わりです」


 レオンハルトはムッと口をへの字に曲げたが、反論はしてこなかった。自分でも自分の愚かさには気がついているのだろう。


 レオンハルトはソファに腰を下ろすと、むっつりと黙り込んだ。


 エドガーは追い打ちをかけるように言う。


「殿下は自分で自分の初恋を終わらせたんです。婚約を破棄しておいて、今更取り消してくださいなんて言えないことは、殿下だってよくわかっているでしょう?」


 諦めるべきですね――、エドガーは二日前に、レオンハルトにそう言った……のだが。


(あー、私も甘いですよね)


 エドガーはこうしてアッシュレイン侯爵家の前に立っている。


 自業自得だ諦めろとレオンハルトには言ったが、魂が抜けたように悄然としているレオンハルトを見ているといたたまれなくなり、良案はまったく浮かんでもいないのにこうしてカトリーナに会いに来てしまった。


(会ってどうするんだ。あなたの初恋の人が見つかりました、それは王太子です―――なんて言えないよなぁ……)


 弱り切って門の前で考え込んでいると、門番が不審に思って呼びに行ったのだろう、ややして邸の中から初老の執事があらわれた。


 エドガーの顔を知っている執事は、直線的な動作で一礼すると、ほんの少しの困惑を顔に浮かべて訊ねた。


「エドガー様、本日はどのような御用でしょうか?」


 あいにくと侯爵は留守でして――、と告げながら邸の中に案内しようとする執事を軽く手をあげることで制して、エドガーはカトリーナに会いに来たことを告げた。


 しかし、執事は困ったように眉を下げる。


「申し訳ございません、カトリーナ様は、一週間ほど前にカントリーハウスに行かれまして、現在は留守にしております」


「カントリーハウスに?」


「はい。……その、奥様のご命令でして……」


 人のよさそうな執事は、悲しそうな表情を浮かべた。


 エドガーはそれだけで、今回の噂のせいで、カトリーナがカントリーハウスに行かされたことを知る。


(なんてことだ……)


 エドガーが思わず顔を覆うと、執事は周囲に素早く視線を這わせて、エドガーだけに聞こえるような小声で言った。


「エドガー様。どうして、王太子殿下はお嬢様との婚約を破棄なされたのでしょうか? そのせいで、奥様は、お嬢様を尼僧院に入れることまで考えられています。さすがに旦那様がお止めになられていましたが、尼僧院に入れないのならば、早く結婚させると奥様はおっしゃっていまして……、私にはお嬢様が不憫でなりません……」


 娘が未来の王妃になることを夢見ていた侯爵夫人には、今回のことはショックが大きすぎたらしい。


 エドガーはそれを聞いて顔を青くすると、執事の肩を励ますように叩いた。


「教えてくれてありがとう。カトリーナ嬢のことは私も気にしています。悪いことにならないように考えますから」


 エドガーはそう告げると踵を返し、馬車に乗り込むと急いで城に戻るように御者に告げる。


(尼僧院? 早く結婚? 大変だ……!)


 厄介なことになっている。


 エドガーは馬車の中で頭を抱えたのだった。

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