5
――それは、あんたです。殿下。
エドガーに告げられた瞬間、レオンハルトは笑い出した。
「何を言っているんだ? もちろんそうだったら素敵だが、残念ながら、俺は彼女を助けた記憶なんて……」
「銀髪の女の子を助けたことがあるのでしょう?」
「エドガー、彼女の髪の色はブラウンだぞ」
何を寝ぼけたことを言っているんだとレオンハルトは笑う。ウイスキーを一気飲みなんてするから酔っぱらってしまったのだろう。
「エドガー、疲れていたんだな。気がつかなくてすまなかった。今日は午後から休んでいいから、安静にしてくれ」
物わかりのいい主を演じて見せたのだが、なぜかエドガーは嘆かわしげにため息をついた。
「仮面舞踏会の日は、何も仮面をかぶるだけではありません。変装し、違う自分になって楽しむ場所―――、おそらく、彼女はウィッグをつけていたのでしょう」
「……まさか」
レオンハルトは大きく目を見開いた。
「十二年前にブランコから落ちたところを助けてくれた金髪の少年―――、少なくとも、この国では、こんな偶然はそうそうありませんよ。ブランコにすら乗らないんですから」
レオンハルトの愕然とした顔が、徐々に喜色に染まっていく。
レオンハルトは勢いよくソファから立ち上がると、そわそわと部屋の中を歩き回りはじめた。
「するとなんだ? 『紫の君』の初恋の相手は実は俺だったということだな? つまり、彼女と出会ったのはまさしく運命? なんということだ! 早く、早く彼女を見つけ出さなくては! し、新聞! 記者にアポイントだ!」
「落ち着きなさい!」
エドガーはこめかみを抑えたまま、ぴしゃりとレオンハルトを遮った。
だが、今まさにこの世の春を見たと言わんばかりのレオンハルトは、エドガーに止められて不満そうに眉を寄せる。
「なぜだ。彼女の初恋が俺だというのなら、何も問題ないだろう?」
「問題大ありです。しっかりと思い出してください。殿下が十二年前に、その少女を助けた場所を!」
「場所?」
レオンハルトはいそいそとソファに戻ると、腰を下ろして腕を組んだ。
しかし、思い出せなかったのか、首をひねったままエドガーに視線をやる。
「どこだ?」
エドガーはイライラした様子でからになったカットグラスに、再びなみなみとウイスキーを注いだ。
「エドガー、飲みすぎだぞ」
「これが飲まずにいられますか!」
あんたのせいだ! と怒鳴られて、レオンハルトは意味がわからないまま口を閉ざす。
エドガーは半分ほどウイスキーを飲み干すと、ドン、とグラスをテーブルにたたきつけた。
「十二年前の初夏―――、避暑のために別荘を訪れていた殿下は、とある女性の子供がもうじき生まれるというので、陛下とともに祝いの言葉を言うために、その方の邸を訪れました」
「ああ、そう、そうだったな! だが、行ったはいいが、朝から産気づいたとかで邸は大慌てで、父上に邪魔になるから庭で遊んでいろと言われたんだった」
その時の様子を思い出してきたレオンハルトは、うんうんと頷きながらぼんやりとした記憶の糸をたどる。
庭に降りたはいいが、二つ年上の兄は父王と邸の残っていて、一人で何をしたらいいのかもわからずにぼんやりしていると、ブランコを勢いよく漕いでいた女の子を見つけたのだ。
銀色の髪を風になびかせて、楽しそうに笑いながらブランコを漕いでいた彼女を見たときは、天使を見たと思った。
そうして、しばらく彼女を見つめていたのだが、ブランコの高さがかなり高くなってきたところで、彼女が手を滑らせたのだ。
レオンハルトは慌てて彼女のところまで駆けて行くと、放物線を描くように放り出された彼女を、何とか受け止めることに成功したのである。もちろん、勢い余ってしりもちをついて下敷きになったが、それでも彼女が地面にたたきつけられることだけは防げた。
「まだ思い出しませんか?」
エドガーは残っていたウイスキーを飲み干した。
レオンハルトは顎の下に手を当て、思い出そうと試みたが、残念ながら思い出せない。
エドガーはあきれ顔を作ると、投げやりに言った。
「アッシュレイン侯爵家ですよ。侯爵の、カントリーハウスです」
「―――!」
レオンハルトの顔が驚愕にひきつる。
エドガーはさすがに酔ってきたのか、ウイスキーのボトルを押しやると、すっかり冷めていた紅茶をのどに流し込んだ。
「先日、カトリーナ嬢に『紫の君』の初恋の思い出と同じことを語られました。間違いないです、あんたの初恋の『紫の君』は、あんたが婚約破棄を言い渡したカトリーナ嬢ですよ」
レオンハルトは、ガンッと鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
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