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「お母様ったら、あんまりだわ……!」


 思い出したことで腹が立ってきたカトリーナは、馬車の座席をバシバシと叩いた。


 クラリスが部屋を出て行ったのと入れ替わりに父がやってきたが、今回のことで父もさんざん妻のヒステリーを浴びたのだろう。ぐったりとした様子でやってきて、カトリーナにただただ「すまん」と謝っていた。


(落ち着いたら迎えに行ってやるってお父様は言ってくれたけど、お母様のあの様子じゃあ、しばらく落ち着きそうにないわね)


 母のあの様子では、ほとぼりが冷めたころに、カトリーナの意思もなく勝手に婚約を決めてきそうだが、それについては父がなんとか止めてくれると約束してくれたから、まあ良しとしよう。


 カトリーナは体を起こすと、アリッサが保温ポットからカップに注いで差し出してくれたカモミールティーに口をつけながら、ぼんやりと窓外に視線をやった。


 王都を出て少しすると、山と田畑に囲まれた道ばかりが続く。


 アッシュレイン侯爵家が管理する領地は王都より北にある、水と空気の綺麗なところだ。ワインが名産で、高台にある大きな風車が有名なことくらいで、あとは何もない田舎だが、カトリーナはカントリーハウスが嫌いなわけではない。


 夏でも比較的涼しく、のどかな領地は、カトリーナの心を落ち着けてくれるし、母へのせめてもの反抗に、邸にあった恋愛小説を馬車に積めるだけ持って来たので、ひたすら本を読んで妄想に浸れて、それはそれで楽しいだろう。


 小説の中のような素敵な恋愛は期待できないだろうが、口うるさい母もいないし、そういう意味では悪くはない。


「ねえアリッサ。エドガー様は本当にわたしの初恋の王子様を見つけてきてくれるのかしら?」


「……お嬢様、何度も申し上げましたが、金髪と青い瞳だけで絞り込めるなら、お嬢様はすでにその方と再会しているはずです」


「そうよねぇ……」


 はあ、とカトリーナはため息をついた。


 カトリーナ自身が探し回れない今、エドガーだけが頼りなのだが、アリッサが言う通りさすがに無理があるだろう。


「別にね、アリッサ。初恋の王子様にはそりゃあ会いたいけど、彼じゃないといやっていうほどこだわっているわけでもないのよ? ただわたしは、どきどきするような恋愛をしてみたいの」


「気持ちはわかりますけど、お嬢様の大好きな恋愛小説のような恋愛は、そう簡単に転がっているものではありませんよ」


「夢がなさすぎるわ、アリッサ」


「お嬢様が夢を見すぎなんですよ」


「そうかしら?」


 カトリーナはからになったカップをアリッサに返して、背もたれに体重をかけると目を閉じた。


「少し休むわ。まだ、先は長いんですもの」


 カントリーハウスまでは、休憩をはさみながら三日かかる。


 アリッサが帳を下ろして薄暗くなった馬車の中で、カトリーナは幼いころにたった一度だけ出会った少年の姿を思い描いた。


 残念ながら、カトリーナが幼かったこともあり、顔立ちまでははっきりとは覚えていない。


 ただ、ブランコから落ちたカトリーナを抱き留めて、言った彼の一言だけは鮮明に覚えている。


 ――天使が落ちてきたのかと思ったよ。


 彼は優しく微笑んで、幼いカトリーナの頭を撫でてくれたのだ。

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