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「お母様、今、なんておっしゃったの?」


 突然カトリーナの部屋にやってきた母――クラリスは、厳しい表情を浮かべてこう告げた。


「しばらく、カントリーハウスにお行きなさい。ほとぼりが冷めるまでこちらに戻ってきてはいけません」


「いやよ!」


 カトリーナは間髪入れずに返答した。


 王太子に婚約破棄されて、大手を振って自由恋愛を楽しめると思っていたのに、なぜ山とブドウ畑ばかりがひろがる領地に引っ込まないといけないのだ。せめてあと少しのシーズンが終わるまでは王都にいて、初恋の少年との再会を夢見ながらダンスパーティーに明け暮れたい。もちろん、顔を隠さなければいけないので、仮面舞踏会くらいしか行けないけれど、それでも婚約していた期間に時間を無駄にした分だけ楽しみたいのに。


 カトリーナはいやいやと首を振るが、クラリスは片眉を跳ね上げてこう言った。


「あなた、王太子殿下に婚約破棄されたと言うことがどれだけ重大なことなのかわかっているの?」


 わかっているのかと言われたら、あまりわかっていない。


 なぜならカトリーナは王太子に好意は持っていなかったし、婚約したときも、顔見せすらなく、一方的に肖像画が送られてきてとんとん拍子に進んだのだ。


 むしろ、婚約破棄されて万々歳なのに、そんなに青筋を立てて、この世の終わりのように言わなくてもいいではないか。


「あなたがいつまでも恋愛小説ばかり読んで、妄想ばっかりしているから愛想をつかされてしまうのよ。まったく、それもこれも、あの人があなたに甘いから……!」


 あの人、とはカトリーナの父でクラリスの夫である侯爵のことだ。


 確かに父は昔からカトリーナに甘くて、母は常にそのことに対して小言を言っていた。


 クラリスは額をおさえると、よろよろとソファに体を沈めた。


「とにかく、これ以上わたくしをわずらわせないでちょうだい。アーヴィンもこれから大事なときなのに……。とにかく、あなたはしばらくカントリーハウスでおとなしくしていてちょうだい。今回のことが落ち着いたあとに、あなたのことをどうするかは改めて考えます」


 クラリスは決定事項としてそう告げると、カトリーナの言い分も聞かずにさっさと部屋を出て行ったのだった。

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