7
レオンハルトが仮面舞踏会で出会った女性の初恋の相手探しに躍起になっているころ。
レオンハルトの手伝いをする気はこれっぽっちもないエドガーは、城下で有名な焼き菓子店で人気のカヌレを購入して、カトリーナの邸を訪れていた。
エドガーが訪れたとき、カトリーナは鍔の大きな帽子をかぶり、庭先で自ら薔薇を摘み取っている最中だった。
エドガーが門から玄関までの白い石畳を歩いてくるのをいち早く見つけたカトリーナは、白とピンクの薔薇を両腕に抱えて、小走りで彼に近づいた。
「まあ、エドガー様。どうしてこちらへ?」
エドガーもまさか庭からカトリーナがあらわれると思っていなかったので、目を丸くして驚いた。
両腕に薔薇を抱え、銀色の髪を揺らして駆けてくる、淡いブルーのドレス姿のカトリーナはエドガーの目には天使のように映り、彼はカトリーナとの婚約を破棄したレオンハルトを心の中で罵倒すると、さっと笑顔を作った。
「突然訪れて申し訳ございません、カトリーナ嬢」
「いいえ、それはかまいませんわ。わたしこそ、こんな格好で申し訳ございません」
カトリーナは右手に持っていた剪定鋏に気づくと、恥ずかしそうに背後に隠す。
(カトリーナ嬢のどこが冷たいだ、あの馬鹿王子め)
エドガーには彼女こそ、次期王妃にふさわしく映るのに、初恋に浮かれているあの馬鹿王子は本当に見る目がない。
手に持っていた薔薇と剪定鋏を侍女に預けたカトリーナに案内されて、エドガーは侯爵家の中に入った。
居間のソファに腰を下ろしたエドガーが買ってきたカヌレを手渡すと、カトリーナは花が咲いたように笑う。
使用人に紅茶と一緒にカヌレを出してと丁寧に頼んでいる彼女を、エドガーはまぶしいものを見るかのように目を細めて見やった。
(使用人にも傲慢じゃない、本当に優しく可愛らしい女性なのに……、あの馬鹿王子め)
エドガーは心の中で悪態をつく。
「申し訳ありません、父は今日、朝から出かけていますの」
カトリーナが申し訳なさそうに言うのを聞いて、エドガーは慌てて手を振った。
「いえ、今日はあなたに会いに来たんですよ」
「わたしに?」
カトリーナがきょとんと首を傾げる。
「ええ。レオンハルト殿下が大変失礼なことをしたので……その……」
塞ぎこんでいないか気になった、とはさすがに言えず、エドガーは言葉を濁した。
するとカトリーナはエドガーの言いたいことに気がついたのだろう、微笑みを浮かべるとゆっくりと首を振った。
「わたしは大丈夫ですわ。もともと、殿下はわたしと一緒にいても楽しそうではありませんでしたし……、考えてみたら、婚約が破棄されたのも、当然かもしれません」
むしろ婚約破棄されてほっとしているくらいだと言うカトリーナに、エドガーは思わず目頭をおさえた。
カトリーナは本心からそう告げたのだが、エドガーは気づくはずもなく。
(な、なんて健気なんだ……!)
心配をかけまいと無理をしているとだと勘違いしたエドガーは、この健気な少女を早く幸せにしてあげないといけないと使命感にかられた。
エドガーはカトリーナのほっそりとした手をぎゅっと握りしめた。
突然手を握られてカトリーナは目を丸くしたが、使命感に満ち溢れているエドガーは気づかない。
「カトリーナ嬢! 安心してください! 私はあなたの味方です」
「……へ?」
「あなたは早く幸せになるべきだ。大丈夫です、あんなろくでなしな王太子よりいい男なんて、世の中にはたくさんいます!」
「あのぅ……」
「好みの男性のタイプはございますか? 私が素敵なお相手を探してきます!」
「本当ですか!?」
エドガーの勢いに気おされて困惑していたカトリーナだったが、素敵な相手を探してくると言う一言に目を輝かせた。
「わたし、ぜひとも探してほしい方がいるんです! 初恋なんですけど……」
カトリーナはぽっと頬を染める。
「どのような方ですか?」
「十二年も前のことなので、本当にお恥ずかしいのですが……」
カトリーナは、十二年前にブランコから落ちたときに助けてくれた少年のことを語った。
うんうん、と相槌を打っていたエドガーだったが、徐々に表情を曇らせる。
「金髪に、青い瞳ですか……。絞り込むのが難しそうですね」
「そ、そうですよね……」
しゅんと肩を落としたカトリーナを見て、エドガーは慌てた。
「だ、大丈夫です! 十二年前にアッシュレイン侯爵家の領地にいた、おそらく貴族であろう金髪の少年ですよね。これでだいぶ絞り込めるはずです!」
本当はあまり自信がなかったが、エドガーはこの可愛い少女に微笑んでほしかった。
(まったく……、私が婚約者に立候補したいくらいだ)
さすがに王太子の婚約者であった人と、乳兄弟で側近を務めるエドガーが婚約するわけにはいかない。
婚約者に立候補はできないが、レオンハルトのせいで憂き目を見させてはいけないと、エドガーはカトリーナと彼女の初恋の相手を探すという約束を交わした。
エドガーはカトリーナに、また進捗具合の報告に来ると告げて、侯爵家の前に止めていた馬車に乗り込む。
(十二年前の初恋か……。金髪に青い目、ね)
これはかなり骨が折れそうだなと思いながら、エドガーは馬車が城につくまでの間、どうやってカトリーナの初恋の相手を探し出そうかと考え込んだ。
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