6
「エドガー! 聞いてくれエドガー!」
レオンハルトは帰ってくるなり、エドガーが城で使っている部屋の扉をドンドンと拳で叩いた。
ベッドに入って微睡んでいたところを叩き起こされたエドガーは、狐顔の目をさらに細めて、不機嫌極まりない表情を浮かべて扉を開けた。
寝るときに愛用しているシルクのナイトキャップがちょこんと頭の上に載っている。
上にガウンも羽織らずに、夜着のまま扉を開けたことで、「絶対に起きないからな。このまま寝るからな」という無言の圧力をかけたつもりだったが、動転しているレオンハルトには通じなかった。
レオンハルトはエドガーが止める間もなく扉の隙間から体を滑り込ませると、勝手に彼の部屋の中に入った。
そしてぐるぐると、さながら檻から出された獅子のように、部屋の中を歩き回る。
「大変だ、大変なんだエドガー」
さすがのエドガーも、これは何か緊急事態だろうかと、部屋の中のランプに火を灯して室内を明るくすると、落ち着きなく歩き回るレオンハルトを無理やりソファに座らせた。
「落ち着いてください、今紅茶をいれますから。ブランデーかウイスキーか落としましょうか?」
「ブランデーで」
「わかりました」
春ももうじき終わるころなので、すでに使われていない暖炉に小さな火を起こし、そこで湯を沸かして紅茶を煎れると、ブレンデー入りの紅茶を二つ持ってソファに戻る。
「少しは落ち着きましたか?」
猫舌なので、紅茶が冷めるのを、じーっとカップを睨むようにして待っているレオンハルトに、エドガーは話しかけた。
「何があったんですか?」
この取り乱しようは尋常ではないと、エドガーはごくりと唾を飲み込んで乳兄弟の回答を待つ。しかし。
「彼女に、初恋の相手がいたんだ!」
「………………。……は?」
「だから、彼女に初恋の―――」
「二度言わなくてよろしい!」
ぴしゃりとレオンハルトの言葉を遮ったエドガーは、頭痛を我慢するようにこめかみを二本の指で押さえると、そのまま天井を仰いで嘆息した。
「念のため確認しますが……、あなたが大変だと言っているのは……」
「だから、彼女に初恋の相手がいたんだ!」
「あなたが馬鹿だと言うことがよくわかりましたありがとう」
エドガーは早口でまくし立てると、ソファの背もたれに体を預けて天井を見上げたままぐったりした。
レオンハルトは小さな子供のように紅茶に息を吹きかけて冷ましながら、「だって初恋の相手がいるなんて……」とぶつぶつ言っている。
「そりゃあねえ、初恋くらい誰だってありますよ」
「お前にもあるのか」
「あるに決まっているでしょう。あんた、私を何だと思っているんですか」
レオンハルトは試しに紅茶に口をつけて、まだ熱かったのだろう、顔しかめる。
「彼女は運命だと言っていた」
「はあ?」
「初恋の相手とはきっと運命だからまた出会えるそうだ」
「そ、それはそれは……、ずいぶんと妄想気味―――いえ、ロマンチックな女性ですね」
「そうだろう!? 彼女はとても愛らしいんだ!」
レオンハルトは食い気味に答えたが、またすぐにシュンとなる。
「彼女が初恋の相手と再会してしまったら、もう俺に入り込む余地はないじゃないか……」
果たして、彼女が初恋の相手と再会する確率と、レオンハルトが彼女の心を射止める確率のどちらが高いだろう。どちらも限りなくゼロに近い気がする。
レオンハルトはようやく飲めるほどに冷めた紅茶に口をつけた。紅茶を飲んで、興奮気味だった感情が落ち着いてきたのだろう。レオンハルトは真面目な顔を作って顔をあげた。
「彼女が初恋の相手と再会するのを阻止するための、妨害工作が必要だ」
「……勝手にしろよ」
エドガーは真面目に聞くのが馬鹿馬鹿しくなって、紅茶の中にドバドバとブランデーを注ぎたした。
「彼女の初恋の相手を探し出して、彼女に近づかないようにするんだ」
それは非常に的を得ている発言のような気もするが、実はかなり穴だらけで、成功確率は極めて低いことを、発言しているレオンハルトだけが気づいていない。
エドガーはたっぷりブランデーの入った紅茶を一気に飲み干すと、少しばかり据わった目をレオンハルトに向けた。
「それで、彼女の初恋の相手の特徴は?」
「金髪」
「―――」
この国に、金髪の男が一体どのくらいいるのか、この男は理解しているのだろうか?
(やっぱり、馬鹿だ……)
エドガーは、レオンハルトがいずれ次期国王になるという事実を思い出し、この国の行く末に暗雲が立ち込めるのを感じた。
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