第4話 春

 遠くから、不気味な悲鳴が聞こえる。


 潰れた喉から無理矢理絞り出しているような、汚らしい声だ。


 時刻は午前二時半。


 恐ろしくて仕方ない。


 今日は、夫も家に帰ってこない。


 私は一人きりだ。


 それなのに、不気味な悲鳴は聞こえ続ける。


 時刻は午前二時半。


 辺りが明るくなるまで、あと三時間もある。


 私は家に一人きり。

 不気味な悲鳴も止む気配がない。

 恐ろしくて仕方ない。


 ああ、そうだ。


 近くの神社の境内にアオサギが巣を作っていたんだっけ。


 ならば、きっと、その声に違いない。


 何か、怖いものが巣に近づきでもしたんだろう。


 でも、何か怖いものというのは何なのだろう?


 この辺りにアオサギを食べるような動物なんているのだろうか?


 アオサギは大きな鳥だったはず。


 なら、それを食べるような動物はもっと大きくて怖いもののはず。


 不気味な悲鳴は聞こえ続ける。

 私は家に一人きり。

 恐ろしくて仕方ない。


 そうだ、きっと誰か人が通ったのだろう。


 私も境内の掃除に行って、威嚇されたことがあった。


 だから、人が通ったに違いない。


 でも、こんな時間に境内をウロウロする人間がいるだろうか?


 そんな人間がいたとして、もしも、家の前に移動してきたら?


 不気味な悲鳴は聞こえ続ける。

 それでも、家には私一人きり。

 恐ろしくて仕方がない。


 せめて、誰かが側にいれば。


 ああ、そうだ。


 一階で母が眠っているんだった。


 昔から、怖い夢を見て跳び起きれば、優しく頭を撫でてくれた。


 今だって私が怖がっていると知ったら、きっと宥めてくれるはず。


 それに、そろそろ寝返りを打たせる時間になる。


 ともかく、一階に下りることにしよう。


 不気味な悲鳴が近くなる。

 それでも、私は一人じゃない。

 恐ろしさがやわらいでいく。



 部屋に入ると、母は目を覚ましていた。


 よかった、これで安心できる。


 でも、なぜだろう?




 不気味な悲鳴が母から聞こえる。



 

 母が私を見て悲鳴を上げるはずなんてないのに。


 怖がっている私の頭を撫でてくれるはずなのに。


 

 ああ、そうか。



 これは、母じゃないんだ。


 母のふりをしているけど、きっと、アオサギか何かなんだ。


 だから、こんなに、ぎゃーぎゃーと泣いているんだ。


 そうだ、昔母が、悪いことをした鳥は吊されてしまう、と言っていた。

 

 そうすると、他の悪い鳥が怖がって近づかないと。


 なら、このアオサギも吊してしまわないと。


 ぎゃーぎゃー泣いて私を怖がらせ、母のふりをして私を騙そうとした。


 だから、これは悪い鳥に違いない。


 

 

 思ったよりも手間がかかった。


 でも、アオサギは吊し終えた。


 不気味な悲鳴はもう聞こえない。


 時刻は午前三時。


 私は家に一人きり。


 恐ろしさは感じない。


 ただ、なぜだろう?


 とても虚しくて仕方がない。

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