第3話 二人の失踪者
気合を入れ直して聞き込みを続けたはいいが、妻へと繋がるような証言は得られなかった。
得られたのは光の目撃証言のみ。
普段より多くの若者を見かけたが、目撃者の割合は少数で大半は発光現象を見ていない。
SNS等にあげられた目撃情報を見て、自分も見れないかと再び発光現象が起こる事を期待して出歩いている人がほとんどだった。
「松上さん粗方聞いて回りましたし、出歩いている若者も見なくなってきましたので一旦署の方に戻りましょうか」
「それもいいですが、何処かで食事をしてからにしましょう。熱心に聞いて回ったおかげで昼食がまだなのを思い出しました」
腹の音が勝手に返事をする。
「う……確かにそうですね。しかし、この時間だとどこもランチタイムは終わりで閉まってますよ」
「でしたらこの味噌ラーメンの店に行きましょう。
SNSによるとまだ営業時間内です」
見せられた携帯の画面から場所を確認しエンジンを再起動させて店へと向かう。
「やけに携帯を見てると思ったら、SNSを見てたんですか?」
「ええ、SNS上の目撃情報を元に出歩いている方が多かったようですから確認しておこうと思いましてね。ラーメン屋の事はたまたまです」
「たまたまですか。目撃情報の発信元も地元民なのは間違いないでしょうし、よく利用する店なのかもしれませんね。案外、今ラーメン屋にいたりして」
「それは都合が良過ぎると言うものですよ。
期待せずに行きましょう」
結果から言えば、ラーメン屋に目撃情報の発信者はいなかった。店員にも聞いてみたが、目撃情報のおかげで客入りは良かったが実際に発光現象を目撃したと話す人はいなかったそうだ。
客は私達二人が最後で他にはおらず、ラーメン屋での収穫は店員の証言と辛味噌が効いたラーメンが美味しかった事だけ。
夜にも営業するそうなので息子を連れて夜にまた来ようか。混ぜそばも気になるし。
昼食を済ませ、特命捜査係の部屋へと戻ると丸井課長が待っていた。
「おう、東雲。マル暴の奴らに釘刺しといてくれたか? 失踪者の方だが今んとこコレと言った情報は無かったぞ。有っても徘徊老人の捜索願いだ。すぐに発見されたが」
「ああ、課長。釘は刺しときましたが必要無さそうでしたよ。情報はやはり無いですか。もしかして、わざわざそれを伝える為に?」
「そうだよ! ここまで遅くなるとは思ってなかったけどな。まぁ、うちの課は他所の署と比べて
松上さんは課長の方を振り返る事なく「聞いてますよ」と言いながらパソコンの操作を続けている。
何をしているのかと思えばプロジェクターが起動し、ホワイトボードに地図が投影された。
この街の市街地……いや、住宅地辺りを中心とした広域の地図だ。気のせいか我が家が中心にきてやしないか。うん、ど真ん中だな。
「座ってくつろいでいた様子を見れば、特に失踪者の情報が無かったであろう事は予想がつきます」
確かに課長はコーヒーを飲みながら待っていた。
ドリップ用フィルターのゴミからして三杯も。
結構な時間待たせていたようなので片付けをしてない事は不問にしておく。
「そうかよ。で、地図なんて映して何すんだ」
「目撃者の証言をまとめておこうと思いましてね」
そう言って松上さんは地図に矢印を書き込む。
そういえば発光現象を目撃した人には住所と光を見た方角を尋ねていた。
少ない目撃証言の矢印を描き終えると、矢印の先に直線を伸ばしていく。一つ離れた位置からの直線は松上さんの証言だな。出発点が松上さんの住所だから間違いない。
そして、直線はある一点で交わる。
「おや……東雲君の家ではありませんが、近所ですね」
「なんだ松上、予想が外れたのか。まぁでも東雲と同じ町内だし外れってほどでもないか。で、誰ん家なんだ? 東雲」
「ここは……
母屋と離れに二世帯で三世代、庭付きの邸宅で豪邸には及ばないがこの辺では裕福な家だ。
確か……旦那さんは県外に勤めていて、奥さんは市役所でフルタイムのパート勤めだったはず。
「で、今から行くのか?」
「そうですね……東雲君、この時間に話が聞けると思いますか?」
「現無職らしい息子さんになら……あ、でもダメかもしれません。妻に聞いた話ではこの時間帯に祖母やその友人達をスーパーまで乗せて行って、買い出しを手伝ってあげているそうなので」
何曜日に行くかまでは覚えていないが、訪ねて行っても不在の可能性はある。今日は金曜日で週末のためその可能性も高い。
「へ〜老人達を連れてスーパーへ、か。無職でなければ素直に称賛できるんだが」
「いえ、課長。この新型感染症の影響で一時的に職を失っているだけかもしれませんよ」
「まだ感染者が出たのが首都圏や大都市くらいだがこの先増えるだろうし、復帰も難しいだろうな。
と、俺はそろそろ戻るわ。お前らも感染症予防に気をつけよろよ」
恐らく感染症と無関係に無職なんだが言う必要も無いか。実際のところを知っている訳でもないし。
「それで松上さん、どうしますか?」
「確実を期す為に明後日の日曜に伺いましょう。
家族全員に話を聞くのに何度も訪ねるのも何ですからね」
浮きかけていた腰を落とし聞き込みで集めた情報を整理する。
・光の目撃者は少数。
・発光現象の発生場所は菅さん宅と思われる。
・松上さんを除く目撃者は若者ばかりだった。
このくらいか。あまり進展は無いな。
その後は雑務を片付け、定時になったので帰宅の準備をしていると声がかかる。
「あ、東雲君。帰る前に一つだけ。明日以降早朝に起きて発光現象が起きないか注意して下さい」
「また起こるんでしょうか」
「それは分かりません。しかし、もし発光現象が起きたのなら手掛かりになるかもしれません」
「それもそうですね。……起きる時間の目安とかってありますか? 睡眠時間を削って業務に支障が出てもアレなので」
「ああ、それだったら六時頃で構いませんよ。
今日がそれくらいの時間だったので、再び起こるとしても同じ時間帯の方が可能性が高いでしょう」
「分かりました。では、お先失礼します」
妻がいない今早起きは少し厳しいが、そのくらいであれば早めに寝ればなんとか……なる。
帰宅後は夕食に
「父さん、美味いラーメンやってここかよ。俺、昼もここで食ったんだけど。一昨日も」
「昼も一昨日もって、やっぱり常連だったか。
いいじゃないか父さんも昼はここの味噌ラーメンだったんだ。で、混ぜそばの方も美味いのか?」
「いや、父さんも昼ここだったのかよ。混ぜそばも美味いけど昼に食べるべきだったね。追い飯は無料だけど、昼のご飯一杯無料サービスでさらにご飯の量を増やせるし」
「追い飯……なんと魅惑的な響きか。やはり左門を連れて来て正解だったな。父さんの奢りだから普段頼めないトッピングでも頼むといい」
「よっしゃ! じゃあ、全部盛りに〜焼豚丼、味玉をさらに追加で〜」
「おいおい食べ切れるんだろうな」
案の定食べ切れなかった焼豚丼の残りと味玉を代わりに平らげて店を出る。混ぜそばは追い飯も含め美味かった。私的にはご飯の量を増やす必要性は感じなかったので昼は味噌ラーメンでもいいな。
「あ、そうだ。父さん……ぅっぷ」
「おい、無理して喋るな。車ん中で吐くなよ」
「だ、大丈夫。兄貴達に聞いてみたけど母さん来てないって」
「そうか……ありがとう」
家に着いたら風呂に入り、発光現象の件もあるので早めに就寝する。食べ切れない量を頼んだ罰として左門も早起きの刑にして。
土曜朝、発光現象は確認できず。
日曜朝、発光現象は起きてない。
日曜の昼過ぎ、松上さんと共に菅さん宅を訪ねると夫人二人が駆け寄って来た。菅夫人ともう一人は里神さんとこの夫人だが……近所くらいしか共通点がない。町内会の話でもあるのだろうか。
「東雲さん、貴方確か刑事だったわよね。一昨日から長男の姿を見ないのよ。財布も携帯も部屋に置きっぱなしで……」
「菅さんとこの子も一昨日からなの? うちの空太郎もなのよ。肉球柄のパジャマだし外には出るはずないのにいないのよ」
「「これ、捜索願とか出した方がいいのかしら」」
「「……はい?」」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます