第4話 失踪者二人の共通点
手掛かりに近づいたと思えば遠ざかる。
菅一家と里神夫人は発光現象を目撃しておらず、目撃している可能性のある息子達は行方不明。
しかし考え方を変えてみれば、発光事件の手掛かりからは遠かったが妻失踪の手掛かりには近づいたのかもしれない。
いなくなった時間帯は不明ではあるが日付は一致している。
ご家族の許可を得て息子さんの部屋を調べてさせてもらう。まず菅家の方から。
鍵のかからない引き戸を開けて入るとカーテンが閉め切ってあるせいか暗い。
広さは八畳程だが本棚やベッド、パソコンの置かれた机に炬燵にテレビとあるせいか狭く感じる。
明かりをつけて調べてみたが特に不審な点は見当たらない。
「特に争ったような跡も、慌てて出掛けたような跡もありませんね。携帯も充電器に繋がったまま財布と一緒に枕元に置かれたままです。特に手掛かりになるようなモノも無……どうしました松上さん?」
「いえ、カーテンが閉められたままなのが気になりましてね」
「単に物臭だっただけでは?」
「日常的に開閉していた痕跡があります。あと、這いずって出たような布団跡も気になりますねぇ」
「いや起き方なんて人それぞれ——って松上さん!
今布団が動……」
「にゃぁ……」
布団から出てきた猫と目があった。
「本棚は漫画とライトノベル……ネット小説の物もあります。ふむ、彼とは趣味が合いそうですねぇ」
「……松上さん、ファンタジー好きはいいですから次行きましょうか」
あれは確か九十年代の名作と松上さんに紹介された本……この部屋の主は本当に二十九歳なのか?
本棚にはファンタジー好きの松上さんの琴線に触れそうな作品が多数ある。松上さんが作品について語り出す前に移動せねば。
菅家宅を後にし里神家宅へ向かう。
里神家の敷地は菅家宅よりも広く、小さな畑や耕運機等の農業機械を格納してある建物まである。
「母から聞きました! 二人は刑事さんなんですよね。お兄ちゃんを、お兄ちゃんを早く見つけて下さい! 大好きな兄なんです!」
「ちょ、姉ちゃん。普段隠してる
「うるさい! あんたも隠れブラコンなのは分かってるんだから! 早くあんたもお願いするのよ!」
「ぐ……その、面倒見の良い兄なんです! 俺達を置いていなくなるはずが、いなくなるはずが……」
玄関に辿り着く前に玄関から女子高生と中学生くらいの男の子が飛び出てきた。
男の子の方は泣き出して、姉の方もつられて涙ぐんでいる。余程いなくなったお兄さんが心配なのだろう。……何か違和感を感じる。この子達にではなく、他の誰かに。
違和感の正体は一旦置いておいて、姉弟を宥めながら家の中へと入り部屋へと案内してもらう。
「え? お兄ちゃんの部屋を調べるんですか?」
「ええ、そうですが……何かあるんですかねぇ?」
「姉ちゃん……またやったのか」
「な、あんた気付いてたの!? って違うわよ!
昨日あんたと一緒にお兄ちゃんの部屋調べた後、片付けてないでしょ」
「つまり部屋が散らかっていると」
「あ! でも、写真が撮ってあるわ」
「え? 調べる前、そんな事してなかったじゃん」
「それは私がお兄ちゃんの布団に入る前に……って違う、元の状態に戻す為に撮っておいたの」
口喧嘩を始めた姉弟は放っておき、いなくなったとされる二人の兄の部屋を調べる。
さっきの話を聞いてなければ空き巣でも入ったのではないかというくらい荒らされている。
こちらも八畳程の部屋で、違いがあるとすれば炬燵とテレビの代わりに大きめの箪笥があること。
開けられた引き出しやらからはみ出す衣類はほとんどがパジャマ。ベッドのマットレスや布団もよく見れば質の良い物だと見て取れる……かなり睡眠にこだわりのある人物のようだ。
「あれ? 枕が見当たらないね」
「あ、枕なら私の部屋に」
「姉ちゃん……。て、あ! 刑事さん兄の携帯のロック解けるんですか?」
「いえ流石にこの短時間では無理ですねぇ。ロック画面に出る通知を見ていたんですよ」
「お兄ちゃんの携帯ですか? 特に女の影とかありませんでしたけど」
「君、もう隠さなくなってきたね。解いたの?」
「昨日一日かけました。解きますか?」
「ええ、ではお願いします。一つ確認しておきたい事があります」
松上さんが携帯を確認している間にもう一度部屋を見渡す。この部屋の主も松上さんと趣味が合いそうな本棚をしている。ファンタジー系統の漫画や小説ばかりだ。やけに異世界、勇者とついたタイトルが多い気もするが。
「どうもありがとう。東雲君、そろそろ行きましょうか」
「あ、はい。分かりした。と、その前に部屋の写真を送ってもらえるかな」
「そうでしたね。兄の顔写真も要りますか? 寝顔のしかないですけど」
「なぜ寝顔だけ……」
「両親が兄は手のかからない子だからと兄に対する関心が薄くて、家族行事で兄の写真を撮る機会が無いんです」
写真を送ってもらい、里神家を出る。
姉弟は敷地を出るまでついて見送ってくれた。
親御さんは玄関で挨拶しただけ——そうか、先程感じていた違和感の正体が分かったぞ。温度差だ。
兄の心配をする弟妹に比べて親御さんの関心が薄すぎる。菅さんとこもそうだ。
二人とも家の居心地が悪くて家を出たとも考えられなくはないが、財布まで置いてくのはおかしい。
他に何が考えられるだろうか。
一度落ち着いて情報を整理する為に最寄り喫茶店へ向かった。
家から近い事もあり行き付けの喫茶店だが、店主に商売っ気がないので日曜にも関わらず人の入りは相変わらず少ない。
案内された席に座り注文を済ませ、先程送ってもらった写真を松上さんと共有する。
一先ず分かった事を紙書いて整理しよう。
・菅家、里神家の誰も発光現象を目撃してない。
・発光現象のあった日から行方のわからない人間が二名。
後は何があっただろうか。
「後は部屋を調べて得た情報ですねぇ。行方の分からない二人の共通点を確認しましょう」
「分かりました」
松上さん言われた通り、二人の共通点を書き出していくが。
・財布、携帯は不所持。
・携帯が充電器に繋がれたまま。
・ファンタジー好き?
私に分かるのはこの程度。続けて松上さんが見つけた共通点を書き込む。
・掛布団跡の形状。
・カーテンの閉められた部屋
・小説投稿アプリを携帯に入れている。
・異世界召喚、転生作品を好む。
・不審な痕跡が無い。
「とりあえずこのくらいですかねぇ」
「ご注文の品をお持ちしました」
「あ、ありがとうございます。で、松上さん……特に進展は無さそうですね」
箇条書きにした情報を眺めながら注文した珈琲を飲む。美味い珈琲だ。
松上さんも私の勧めで同じ珈琲を飲みながら呟きを漏らす。
「この近辺で発光現象を目撃した人がいれば良かったのですが……」
目撃情報からの推測では菅家宅が発光現象の中心となっていた。菅家宅に不審な点は無かったが発光現象の現場はこの辺りのはず。松上さんの願うように目撃者がいれば有力な手掛かりになるかもしれない。
「いらっしゃいませ」
「よ〜し坊主、奥の席だ。奥ん席行くぞ」
「坊主はやめて下さい。おじさん」
「まだ二十七なんだかな〜」
珍しく客が入ってきた。若い男と小学校高学年か中一くらいの少年……いや、坊主と呼ばれていたが女の子だ。かなり中性的な顔立ちでボーイッシュな格好をしているので男の方が勘違いしているのだろう。しかし似てないな、親子でも兄妹でも無さそうだが……誘拐か?
誘拐にも見えないが少し怪しい。表情に出ない様にしながら聞き耳をたてる。
「で、おじさん本当に起きて確かめてくれたんですか?」
「ちゃんと起きて二度寝したぜ、坊主。おいおい、そんな睨むなよ。ちゃんと六時から三十分は起きてたから。けど、何も起きなかったぞ」
この二人も発光現象を調べているようだが……私は次に発せられた会話に思わず珈琲を吹き出しそうになった。
「本当に光ったのか?」
「一昨日はすごい眩しくて目が覚めるくらい光ってました。おじさんの家は光に包まれてましたけど、分からなかったんですか」
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