第2話 その者、破滅の権化 by海賊のお頭
頭が痛い。
昨日の客船襲撃成功を祝って宴で飲み過ぎせいもあるが、起こしに来た部下の報告も原因だ。
捕虜が……いや商品が一人逃げやがった。
それも好事家の客に高く売れそうな尻尾が三本もある狐幼女がだ。
こんな事なら宴の前に商品達を見ておくべきだった……いや、見て占っておくべきだったか。
俺様は占いができる。
俺様は占い師の女系一族で本来産まれるはずの無い男——忌み子だった。
二十余年前お袋が病死して一族の連中に殺されると占いに出たのを機に家を飛び出し、占いと暴力でのし上がり海賊団を立ち上げ、今では島一つを丸々アジトにするまでになった。
全て占いの力だ。
俺様を、部下達を、船や方角、襲撃対象、時には敵すらも占い略奪と勝利を重ねてきた。
昨日の客船は俺達に……いや、俺様に巨万の富をもたらすと出ていた。
捕まえた
だが問題は無い、逃げたとしても島からは出る事は叶わない。
ガキが海を泳いで島を渡るなんて自殺行為も同然だ、おまけに獣人なら尻尾の毛が水を吸って沈む。
「おい! 誰でもいいから来い!」
俺様は伝声管で部下を呼び寄せる。
一つ問題に気付いたからだ。
部下が駆けつける前に脱ぎ散らかしていた服を着て、占い用の水晶を取り出す。
水晶に映る俺様の顔は野生味が溢れ漢らしい顎髭の似合う男前だ。誰が何と言おうと男前だ。
「お頭! お呼びですかい?」
「お前か、逃げたガキはどうなっている。
海に逃げて溺れて死んじまったら大損だぞ」
死体より生きてる方が高く売れるからな。
「ああ、カインとゾックにダンテが直ぐに気付いて追いかけたんで溺れる前にとっ捕まるでさぁ」
「そうか、ならいい」
問題は片付いた。
呼び寄せたついでに占っておくか。
掌に乗る水晶に魔力を込め、部下を占う。
おかしい……携帯用の簡易水晶とはいえ何かしら見えてくるはずなんだが、何も見えん。
まるで未来が存在しないみたいに。
昨日こいつを占った時は、今日のこいつは慰み用女の手番を勝ち取ると出ていたはずだが。
商品価値の低い、部下達の慰み用にまわす予定の女が自殺でもしたか。
俺様自身も占ってみるが何も見えない。
「どうしやした、お頭?」
「なんでもない、俺様は占術部屋へ行く。
朝飯を持ってこい。その後に戦利品の女達を連れてこい」
「分かりやした!」
部下は喜んで飯を取りに行った。
俺様が女達を占う意味を分かっているからだ。
俺様の占いで女達の商品価値を見定め、儲けの少ない奴何人かは部下達の慰み用になる。
占術部屋は俺様が寝ていたこの部屋からさらに登った所にある巨大な水晶を中心に占いの効果を高める装飾を施した部屋になっている。
山一つをくり抜いて作ったアジトの一番高い部屋へ移動して部下を待つ間、再び占う。
「何故だ! 何故何も見えん……占術は確かに発動しているのに」
占いの範囲を未来から明日、今日、半日と狭めていくが見えてこない。
仕方なしに朝飯を占うと、宴で残ったスープに肉とパンをさっきの部下が持ってくるのが見える。
「お頭! 朝飯を持ってきやした!」
占いの通りスープに肉とパンを持った部下が現れた。占いの調子が悪いわけではない。
「じゃあ、女達を連れてきやす!」
下半身が待ちきれないのか部下は朝飯を置いて、戦利品の女達を連れてくる為に出ていった。
俺様は肉を食いながら、出ていった部下が女達を連れて来れるか占う。連れて来れないと出た。
不審に思い範囲を少しだけ広げてさっきの部下を占うが何も見えない。
嫌な予感がよぎり、他の部下達も占ってみるが何も見えない……この部屋からなら一度顔を合わせた相手であれば高精度で占えるはずなのに。
だったら今現在どうしているかを占えばいい。
逃げた狐幼女を追いかけた三人を占う。
カインは……見えない。
ゾックもダメか。
ダンテを占った瞬間、一瞬だけ何か見えた気がしたが直ぐに途切れた。
あれは……掌か? でも何故掌なんだ。
このまま部下達を占っていても拉致が開かない。
他に誰か占える奴は、戦利品の女達か。
収容は部下に任せていたから遠目でしか見ていない。占う為の最低条件として直接眼を合わせる必要があるが後回しにしていたから満たしてない。故に占うことができない。
そうだ、船だ。
海賊船を占うと、明日女達を連れて出航していると出た。
船と
だったら一体何があると言うんだ。
パンをスープに浸して食べあげ、残ったスープを飲み干して部屋を見渡す。
占術の効果を高めるための宝石や貴金属で作った装飾に、術式を掘り込んだ扉に太陽の光が差し込む幾何学模様の天窓が見える。
俺様の占術部屋は相変わらず素晴らしい。
困った時はこうして眺めているだけで閃きをもたらしてくれる。
占術部屋……寝室、俺様のアジト——俺様の島!
俺様のアジトである島を占う。
今現在——特に変わりはない。
範囲を広げて、明日の島は……山が無い?!
俺様達がねぐらとする為に中をくり抜いて基地にした山が消えている。
馬鹿な……この島は拠点とする時に占ってこの先数百年は変動の無い島だったはずだ。
「お頭! 敵しゅ……」
緊急用の伝声管から部下の声が響く。
続けて金属の管がひしゃげ、引き千切られる甲高い轟音がした。
もう伝声管は使い物にならない。
アジトの至る所に設置してある監視用の小型水晶と占術部屋の巨体水晶のパスを繋ぎ、状況を確認する。
入り口では見張りに立っていたはずの部下が壁や天井に上半身から突っ込んで埋まっている。
周囲に敵の影がないか探そうとした瞬間——小型水晶が砕かれ見えなくなった。
宴をしていた広場を見ると、異変に気付いた部下達が入り口側の扉を警戒し構えている。
五十人を超える部下達が武器を構え待ち伏せしていては、いかなる手練れであろうと数の力で捻じ伏せられるだろう。
敵は広場へと近づいている。
広場へと続く通路を姿が水晶に映る前に小型水晶を粉砕しながら進み、広場へ近づいていく。
今、広場前の最後の通路に設置された水晶が破壊された。
広場の木製扉を高速で飛んできた何かが突き破り待ち構えていた部下を薙ぎ倒していく。
飛んできた何かは朝食を持ってきた部下だった。
部下を人間砲弾にして扉を破壊し広場へ入ってきた敵はだった一人。しかもエプロン姿で黒髪の飛びっきり上玉の女だ。俺様達で使い回した後に売っても十分儲けが出るくらいの極上の美少女。
部下達もそれが分かっているのか舌舐めずりしながら飛びかかっていく。
ぐふふ、後が楽しみだ……な……馬鹿な、何なんだこの女。
少女に飛びかかった筈の部下達が人間砲弾と化して他の部下達を薙ぎ払っていく。
死屍累々となっていく広場。
少女の後ろで逃げた狐幼女がはしゃいでいるのが気に食わない。
少女の姿が揺らぐと同時に沈んでいく部下達。
少女二人の他に動く者がいなくなるのに一分もかからなかった。
遅れて幹部達が広場に駆けつけるが、もう遅い。
俺様の海賊団は壊滅だ。
幹部全員で駆けつけやがって……誰が俺を守って逃すんだ。
下っ端の部下達と変わらない速度で片付けられていく幹部達。
残り三人となったところで、一人が狐幼女を人質に取るのに成功した。
甚大な被害を被ったが、俺様達の勝ちだ。
どんな声で鳴かせてやろうかと少女を見るが、姿が無い。
狐幼女が解放され、人質を取っていた幹部が宙に浮いている……いや、背後から右手で首を絞められ持ち上げられていた。
泡を吐き力なく項垂れる幹部を振り回し、残りの幹部ごと壁に叩きつける。
あれは少女の皮を被った化け物だ。
少女は迷いなく広場に設置してある水晶に近づいてくる。
水晶を持ち上げて覗き込み、笑みを浮かべていた眼を見開く。
そんなはずはない、ありえない。
向こうからは見えるはずが無い。
なのに……
眼が合った。
音声は拾わない水晶越しの映像なのに、『逃がさない』そして水晶の砕け散る音を幻聴する。
俺様は恐怖に支配された。
幼少期に一族の連中に殺意を向けられた時など比ではない根源的な恐怖。
破滅、死そのものが向かってくる。
扉が閉まっていても聞こえてくる轟音。
岩盤や岩壁を砕き、削り取るかの如くの地響きがだんだんと近づいてくる。
大事にしていた巨体水晶を蹴り飛ばし扉を塞ぎ、肌身離さず持っていた水晶を投げ天窓を打ち破り、宝石や貴金属でできた装飾を引き千切りロープ代わりにして天窓から外へ脱出したはずだった。
「あら〜何処へ行く気かしら〜」
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