第3話 救世主? 破壊の権化?    いいえ、通りすがりの母です

 このままでは命は無いと悟り、逃げ延びる為に全てをかなぐり捨てる思いで天窓から外へと脱出した男の背後には少女が立っていた。

 否、待ち構えていた。


「————」


 逃げ出す元凶となった存在、男の率いていた海賊団を一人無傷で壊滅させた少女との遭遇に男は声にならない悲鳴を上げる。

 近づいてくる轟音から逃げる為に脱出した筈なのに、その轟音の主が目の前にいる状況が男には理解出来なかった。



「ふふふ、面倒だったから外に出て正解だったみたいね〜」



 少女の言動は男に更なる混乱をもたらすだけだった。山をくり抜き造られた男のアジトの出入口は山の麓にある二つのみ。男の脱出した天窓は山の天辺に位置している為、中腹にある広場から向かって来ていた筈の少女が山頂に——アジトの外に出て待ち構えていることはありえない。アジトが崩れぬよう厚くしてある硬い岩壁や大量の土砂をぶち抜いてこない限りは……。



「ふふふ、もう一度聞くわね〜。

 何処へ、行く気かしら〜」



 男は後退ろうとするが、できなかった。

 男の背後にあるのは脱出してきた天窓であり、下に落ちれば逃げ場が無い。

 もはや男に逃げ道など無かった。


「な、なんなんだ! お前は!?」

 

 覚悟を決めた男は少女へと問い掛ける。

 お前は一体何者なのか、と。

 お守りとして隠し持っていた母の形見の小型水晶玉を握りしめながら。



「あら〜私は通りすがりの、母! よ〜」



 男は動揺した。

 母の形見を握りしめていたせいか目の前の少女の齢は母が死んでから数年後に生まれ変わったくらいに見え、生まれ変わった母が男の間違いを正しに来たのかもしれないと考えがよぎったからだ。


「まさか、母さん……なのか?」



「あら〜? あなたを産んだ覚えは無いわよ〜」



「俺の一族には強い未練を持って死んだ人間が数年後に生まれ変わる事がごく稀にある、なんて嘘みたいな伝承があった。だから……あんたは俺を残して死んだ母さん……なんだろ……?」



「ふふふ、ありえないわ〜だって私もうすぐ五十になるのよ〜」



 男のありもしない希望は打ち砕かれた。



「それに……私の可愛い息子達をあなたみたいな人と同類と思うのは、とても不愉快だわ」



 「不愉快」の一言と共に少女の発する威圧感が増していく。

 男は咄嗟に水晶玉を前に突き出し少女を占う。男は相手を占い、その結果から相手の行動を予測して対処する戦い方を得意としている。だが、本来この距離で戦闘を行うことは無い。

 追い詰められた男は不向きと分かっていても己の最も得意とする戦い方を選択した。

 男は水晶玉越しに少女の過去、未来を覗く。

 

 だが、男は知らなかった。


 深淵を覗く時、深淵からも覗かれることを。


 故に男が占いで見たのは少女の過去でも未来でもなく、男の過去・現在・未来を覗く少女の見開かれた瞳だった。


 男は己の全てを見透かし覗き込んでくる存在に恐怖し、戦う以前に身動き一つできなくなっていた。

 増していく少女からの威圧感と急激に温度を下げていく視線は身動きできぬ男から戦う意志を、言葉を、呼吸の仕方すら奪っていく。




「あ! お姉さんこんなとこにいたのです!

 やっと追いついたのです!」


 男に呼吸の仕方を取り戻させたのは幼さの残る女の声だった。

 しかし男が声の主を見ることは無く、男の視界に映ったのは大きな狐耳と狭まっていく青空のみ。

 背中、頭、腰へと続く衝撃に男は肺の中身を全て吐き出す。吐き出したものを取り戻す為に息を吸い込んだことで男は呼吸の仕方を取り戻した。

 男は狐耳の少女ミーオの声に気を取られ、足を滑らせ天窓から部屋の中へと転落したことに気づくのにしばし時間を要するのだった。



「あら〜ミーちゃん、ここから離れるわよ〜」

「分かったのです! あ、コレ拾ったのです!

 さっきコレが転がってくのが見えて追いかけていたのです。そしたらお姉さんに追いつくのが遅れたのです」

「あら〜綺麗な水晶玉ね〜」

「後で投げて欲しいのです! まん丸で転がるから追いかけるのが楽しいのです!」

「ふふふ、いいわよ〜」

「そういえばお姉さんの名前聞いてないのです」

「あら〜お姉さんは東雲しののめ さちよ〜」

「サチお姉さん! なのです」

「そうよ〜よろしくね、ミーちゃん」

 

 遠ざかっていく二人の声に男は安堵のため息をついた。落下の衝撃で全身を痛め、しばらく動けそうにないが命の危機が去ったと勘違いして安心し目を瞑るのだった。

 男が、海賊の頭ラナイが落ちた衝撃が崩壊直前のアジトに止めを刺したことも知らずに……。







 二人の少女、サチとミーオが山の麓にある牢屋と思しき小屋にたどり着く。それと同時に海賊団のアジトは轟音と共に崩壊し始めた。


「ギ、ギリギリだったのです。早く捕まっている人を助けて逃げるないと危ないのです!」


「ふふふ、大丈夫よ〜ミーちゃん。ちゃんと考えて壊したから」


 サチは慌てる様子もなく鍵の掛かった小屋の扉、牢屋の壁、檻そのものを素手で綺麗に破壊し、捕まっていた女性達を救出する。

 山の崩壊が終わる前に救出は完了し、全員その場を離れるが崩壊の余波が牢屋まで来ることはなかった。



 救出した女性達を連れてサチは森を進む。


 途中で遭遇した鹿や猪、熊を仕留めながら。


 食べられる木の実や野草、茸の採取も忘れずに。


「あ! 森を抜けるのです」


「ふふふ、みなさんお疲れ様」


 森を抜けた海岸には海賊船が泊まっていた。

 ショックを受ける者もいたが、海賊の気配も無く安全と分かり皆で船へと乗り込んでいく。

 幸いにも船内は海賊達が使っていた割にキレイにされており、皆で軽い掃除するだけである程度くつろげる空間になった。

 サチとミーオと救出された者達は安全を確保できたこともあり、魔法で生成した水や採取した果物で喉を潤し安息の一時を過ごした。



「ふふふ、ミーちゃ〜ん」


「はいなのです! 出航なのです?」


「ふふふ、違うわ〜お昼の時間よ〜。

 ミーちゃん、みんな呼んできてくれるかしら」


「分かったのです! 

 みなさ〜ん! ご飯なので〜す!」


 船の甲板には肉や茸の焼ける香ばしい匂いが漂っていた。皆が安息の一時を過ごしている間、余裕のあったサチは道中で集めた食料と船に残っていた食材と調味料を使い食事を用意していたのだ。



 元気に呼びかけ回るミーオと美味しそうな匂いにより、サチとミーオを含めた全十五人は直ぐに甲板へと集まり昼食の時間となった。




「あの、ありがとうございます。あ、すいません。

 改めてお礼を言わせていただきたくて」


 食事のさなか翡翠色の髪と瞳をした女性がサチのもとへ感謝を伝えに来た。

 彼女が礼を述べると、サチに助けられた全員が頭を下げて感謝を示す。


「ふふふ、どういたしまして。

 牢を出た時も言ってたのに律儀ね〜。でも、お礼を言うのはまだ早いわ〜。ちゃんとお家に帰るまで油断しないの、えっと……お名前聞いてなかったわよね?」


「あ、はい。エルフィーヌです」


「あれ? フィー姉ちゃんエルフだったのです?」


 髪の隙間から覗く、先の尖った耳を見てミーオが声をあげる。


「あら〜フィーネちゃんはエルフなのね。

 確か耳の先っぽが甘いのよね?」

「そうなのです?!」


「え! あ、ちょっと待ってミーオちゃん。耳を舐めようとしないで! お風呂とか入れてないから舐めてもしょっぱいから! そもそも甘くないから!

 それとフィーネではなくエルフィーヌです」


「ふふふ、ところでフィー……ちゃん? は、他にも話があったんじゃないかしら?」


「フィーちゃん……私成人の五十を超えたばっかりなのに……もぅいいですそれで……」


 エルフィーヌは訂正するのを諦めた。

 サチの「あら〜ほぼ同い年ね〜」との呟きを拾うと話の本題に入れなくなるので聞かなかった事にして本題を切り出す。


「この船は私達が乗っていた客船を襲撃した際の戦闘で損傷したのか状態が酷く、このまま出発するのは危険です。それに海賊船では港には入れません」


「ふふふ、確か森で見たのは草結び魔法スネア・グラス〜だったかしら?」


「「え?」」


 サチが両手を床板につくと魔法が発動し船が淡い燐光に包まれた。

 船の損傷箇所の木板が唸り出し、穴を塞ぐように絡み合い始める。損傷箇所だけでなく船全体の木材が蠢き、船板同士が絡み合い癒着していく。


 船を包んでいた光が消える。

 木造の海賊船は絡み合った木々が船の形に変えられたとしか言いようのない奇妙な船へと姿を変えていた。

 船に乗ったままのサチ達ではその大きな変貌を感じられなかったが、マストの海賊旗がお座りをする狐の絵に変わっている事から船が海賊船ではなくなったと感じるのだった。


「あ、あれ尻尾が三本あるのです! もしかして、ミーオなのです?!」


「あら〜よく分かったわね、みーちゃん」


 海賊旗の代わりに帆に描かれた三尾の狐はミーオがモデルだった。


「いや、待ってください。草結び魔法スネア・グラスは草を結んで転ぶ罠を作る程度の魔法ですよ?!」


「でも失敗して、木に魔法をぶつけたら木で草結びができたのです。……あれ? でもこの事は誰にも言ってないのです。サチお姉さんは草結び魔法のこと知ってたのです?」


「ふふふ、知らなかったわよ〜でも、使えるようになったわ〜」


 ミーオやエルフィーヌ達は知らないが、サチは今朝に異世界召喚されたばかりである。

 魔力に目覚めたばかりの人間でも想像力やイメージが強ければ魔法のような現象が起こることもあるとされているが、学びもせずに系統化された『草結び魔法』などの魔法を行使することはありえない。

 それどころか応用を効かせて使用しているのは、間違いなくである。

 しかし、サチの異常性に気付く者はいなかった。


「なんだろう、とんでもなく理不尽なことが起きていた気がする。でも、これで帰れるね」


「ところでフィー姉ちゃん、どっちへ進んだら帰れるのか分かるのです?」


「ぅえ?! …………あっち?」


 エルフィーヌは帰る方角を知らなかった。

 そもそも船の中に閉じ込められて運ばれたので、海賊船がこの島まで辿った航路を知る者はいない。


「あら〜フィーちゃんの故郷は反対みたいね〜」

「はい?!」


 山でミーオが拾ってきて渡した水晶を手にサチはエルフィーヌが指す方向とは真逆を指差した。


「ふふふ、ミーオちゃん家はあっちね」


 サチは更に別の方角を指差す。


「そこの娘はこっちで、そっちの娘達は向こうみたいよ〜」


 サチは水晶を片手に次々と、全員の故郷の方角を示していった。


「サチお姉さん、もしかして占ったのです?」


「ふふふ、そうよ〜。やってみたらできたわ〜」


 サチは異世界に来るまで占いなどできなかった。

 海賊の頭が占ってくるのをのだ。

 だが、それを知る者はこの世界にはいない。

 

「では、どちらの方角へ進んだらいいか占ってもらえませんか? その方角へ進みましょう!」


 エルフィーヌの提案を受けサチは水晶を掲げた。

 すると水晶から一筋の白い光が伸び方角を示す。


「ふふふ、向こうみたいね〜それに森で取ってきた食料で十分持つと出てるわ」


 水晶の示す光——それは『導きの光』と呼ばれる光であり、海賊の頭のような二流以下の占い師では行使できない占術である。

 海賊の頭ラナイの占術を見て覚えたサチが当人を超えた占術を行使した事が意味することとは……。




 一行はサチの占いを信じ『導きの光』が示す方角へと船を出し島を出ることを決めた。


「ふふふ、それじゃあみーちゃん掛け声をどうぞ」


「分かったのです。それでは、出航! なのです」





 異世界召喚事故により招かれし存在が今、この海の世界『大海域マリン・グランデ』へと解き放たれた。

 それがもたらすは、災禍か祝福か……。

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