54話 賑やかな夏休み

 夏休みが始まった。

 外は地獄のような炎天下。熱せられたアスファルトに落ちた水滴は、次の瞬間にはもう蒸発している。

 それに対し、家の中はファルムのおかげで快適極まりない。

 夏場は胸の谷間や付け根が蒸れやすいので、汗をかかずに済むのは非常に助かる。


「ファルムのおかげで、今年の夏は元気に過ごせるよ。ありがとうっ」


「ふふんっ、あたしにとっては造作もないわ。けど、カナデがどうしてもお礼をしたいって言うなら、キスでもしてもらおうかしら?」


 いま、リビングには私とファルムしかいない。

 リノとサクレはプール部屋で遊んでいる。さっきまで私たちも一緒に遊んでいたけど、間食がてら小休憩を挟むことにした。

 梅雨が明ける前ぐらいにファルムが空間を歪めて増設してくれたプール部屋には、もう何度もお世話になっている。これについても、いくら感謝しても足りない。


「うん、いいよ――ちゅっ」


 いつもの軽口であることは承知の上で、私はファルムの要望通りキスをした。

 唇に柔らかな感触が伝わり、温かな気持ちがじんわりと広がって全身を包む。

何度経験しても、やっぱりドキドキする。


「んぁ、あわ、んなな、あぅあ」


 口を離すと、ファルムは明らかな動揺を示す。不意打ちには弱いらしい。

 切れた唾液の糸がファルムの唇で雫となっているのが目に入り、私はそれを指で受けて自分の口元に運び、ペロッと舐め取る。


「ひぅあっ! か、かかか、カナデ、あ、あ、あんた、ななな、なんて大胆なことをををっ!」


 ファルムは顔を真っ赤にして、盛大にうろたえる。


「普段のファルムの言動に比べたら、まだおとなしい方だと思うよ?」


 とはいえ、大胆な行動であることには変わりない。

 平静を装いつつも、心は落ち着きを失っている。


「も、もう一回、したいわ」


「うん、もちろん」


 珍しく殊勝な態度で要求するファルムに、私は迷わずうなずく。

 ファルムの顔はほんのり上気し、照れて伏し目がちになった瞳が幼い容姿に艶やかな色気を醸し出す。

 私は座ったまま脚を伸ばし、ファルムを太ももの上に誘う。

 ファルムの背中に腕を回して優しく抱きしめ、再び唇を重ねる。


「んっ」


「ぁむっ」


 魔法による完璧な空調のおかげで涼しいはずなのに、じんわりと汗が滲むほどに全身が熱を持つ。

 淫靡な水音を漏らしながら、貪るようにキスを楽しむ。

 わずかな隙間もないほど唇を密着させ、その内側で舌を絡めて激しく動かす。


「いまさらだけど、カナデは本当にあたしみたいな年増が相手でいいの? 悲しいけど、フラれても文句は言わないわよ」


 惑星よりも長生きしているファルムが言うと、年増という言葉に並々ならぬ重みを感じる。見た目は幼いから、実感は沸かないけど。


「バカ。いいもなにも、私はファルムじゃないと嫌だよ。それに。本当に好きじゃなかったら、こんなことしないよ」


 愚問を口にするファルムを諌めつつ、離したばかりの唇を再度重ね合せる。


「んむぅっ」


 ファルムは突然のキスに驚くけど、もちろん止めない。

 私の想いが届くように、二度と不要な心配を抱かないように、力強く抱きしめながら濃厚なキスを交わす。

 どこかで物音が鳴ったような気がするけど、私たちの瞳は互いを捉えて離さない。


「家の中とはいえ、白昼堂々イチャイチャしてますね~」


「余たち、もう少し席を外しておくべきだったかもしれないな」


 ……これはさすがに、のうのうとキスを続けるわけにもいかないわけで。

 私とファルムはゆっくりと、リビングから脱衣場へと続く廊下の方へ視線を滑らせる。


「み、見てた?」


 質問の体裁こそ取り繕っているものの、明白な事実を確認するだけの作業でしかない。

 なにせ、二人の声に気付いてキスを中断したのだから。


「それはもう」


「バッチリと」


 リノとサクレは示し合わせたかのように言葉をつなげて答える。


「サクレさん、水分補給を済ませたらプールに戻りましょう」


「そうだな、もうしばらく泳ぐとしよう」


 二人はニヤニヤとした笑みを浮かべながら、そんなことを話していた。


「い、いい心がけね! これからカナデとセックスするから、メスガキ共はしばらく水遊びでもしてなさい!」


 照れ隠しの一種なのか、ファルムが声を大にして言い放った。

 とんでもないハプニングだったけど、これはこれで楽しい日常風景だと感じてしまうのは私だけだろうか。

 学校がない分、みんなと一緒にいられる時間は大幅に増える。

 初日からこの騒ぎなのだから、今年の夏休みは想像もつかないほど賑やかになりそうだ。

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