53話 家の中にプール部屋ができた③

 準備運動を済ませて、いよいよプールに入る。

 ほどよい冷たさの水は実に気持ちいい。胸元辺りまで深さがあるので、邪魔な二つの塊が重力から解放されて一気に楽になった。


「カナデ、冷たくない? 要望があればすぐに言いなさい。どんな無理難題にも瞬時に対応するわ。温度に深さ、広さや形状、流れの有無まで自由自在よ」


「ううん、大丈夫。ちょうどいいよ。いろいろ気を遣ってくれてありがとう」


 ジェスチャーを交えて早口にしゃべるファルムがなんともかわいくて、クスッと笑ってしまう。

 ただ、一つ気になることが。


「ファルムさん、さっきからカナデさんの胸ばかり見てませんか?」


「うん、余も同じことを思っていた」


 私の疑念を代弁するかのように、リノとサクレがファルムに言葉をかける。

 すると、ファルムはビクッと体を震わせた。

 ぎこちない動きで視線を明後日の方向へずらし、「そ、そんなこと、なな、ないわよ?」と上擦った声でつぶやく。


「ファルムって、本当に分かりやすいよね。そんなところも好きだけど」


「ほんとっ!? えっへへぇ、カナデに好きって言ってもらえるなら、それがどんなことでも嬉しいわ!」


 ファルムは苦笑する私にズイッと近寄った。頬が嬉しそうに緩み、瞳はキラキラと輝いている。


「カナデさんとファルムさんを見てると、破局はまず有り得ないって確信できますね」


「確かに、間違いないな」


 リノがポツリと漏らした感想に、サクレが深くうなずく。

 ちょっと照れ臭い気もするけど、私も同意見だ。ファルムも誇らしげに「当然よ!」と胸を張っている。

 すっかり体が水に慣れたところで、みんな思い思いにプールを満喫し始めた。

 サクレは大の字で仰向けになり、ぷかぷかと浮いている。

 リノは水中であることを忘れるほどの速度で縦横無尽に駆け回っていて、なぜ走っているのかと訊ねたら修行の一種だと即答された。

 私とファルムは、互いに水をかけ合うというシンプルな遊び(?)に興じている。面白いのか半信半疑で始めたものの、なかなかどうして非常に楽しい。


「カナデ、ちょっと提案があるんだけど――」


 小声で耳打ちされ、私は内容に驚きつつも快諾する。

 リノとサクレの目がこちらに向いていないことを確認しつつ、私とファルムは向かい合ったまま身を屈め、頭のてっぺんまで水の中に潜る。

 うっすらと目を開け、ギュッと抱き合い、唇を重ねた。

 水中でキスしたい。それがファルムの提案だ。

 水が入ってこないようにいつもより唇を密着させていて、水中とはいえ感触が鮮明に伝わってくる。

 息苦しくなって立ち上がると、リノとサクレが顔を赤くしながらこちらを凝視していた。どうやら、私たちが潜ったまま上がってこないから気になったらしい。

 さすがのファルムも照れを隠せず、私も赤面を禁じ得ない。

 この後、気恥ずかしさをごまかすように全力で遊び倒した。

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