52話 家の中にプール部屋ができた②
開け放たれた扉の向こうには授業で使うよりも大きなプールがあり、すでに水も張られている。
ファルムいわく、お風呂のお湯と同じく魔法で生み出した水とのこと。飲んでも無害であり、なんなら天然水よりスッキリ爽やかで清涼感のあるおいしい水だと豪語していた。
「いますぐ入るわよね?」
家の中に突如として出現した素敵空間に目を奪われる私、リノ、サクレの三人に、ファルムがプール部屋の方を指差して訊ねる。
反対意見を唱える者は、もちろん誰一人としていなかった。
「こんなに立派なプールを創ってもらった後で言いにくいんだけど、もしよければ、水着もお願いしていい?」
「水着? 裸で入ればいいじゃない」
「は、裸でっ!?」
私の厚かましいお願いに対して、ファルムは承諾でも拒否でもなく、斬新な提案を返す。
こんなに大きなプールに裸で入るなんて、私だったら逆立ちしても思い付かない発想だ。
「なるほど、それもそうですね。元の世界では川や泉で遊ぶときにも布なんて身に着けませんでしたし、この世界の常識で考えても、家の中だからお風呂と同じように裸でも問題ないはずです」
裸で水遊びをする文化があったらしく、リノはあっさりと納得する。
確かに、お風呂と同じだと考えれば水着は不要かもしれない。
それに、競泳するならともかく、みんなで遊ぶだけなら水の抵抗も気にしなくていい。
「余も異論はないぞ。みんなに合わせる」
文章にすると素気ないけど、サクレの声音は明らかに普段より機嫌がいい。
先ほどから興味深そうにプールを眺めていて、そわそわした様子がなんとも言えずかわいらしい。
「うん、分かった。それじゃあ、裸で入ろっか」
胸中にあった若干の戸惑いは完全に拭われ、私も賛成の声を上げた。
話もまとまったところで、一斉に服を脱ぎ始める。
ファルムによるリフォームのおかげで、我が家の脱衣所は一般家庭のそれよりも目に見えて広い。洗濯機の隣には縦に長い棚があり、畳んだタオルとバスタオルを積み重ねている。
使われていないスペースに脱いだ服を置き、人数分のタオルを持ってプール部屋に足を運ぶ。
澄んだ透明な水が張られた立派なプール、白くて清潔感のある床や壁、頭の遥か上にある天井。とても自宅の中だとは思えない光景が視界を埋め尽くす。
体育館ほどの面積がある場所で裸体を晒しているため、さすがに羞恥心が働いてしまう。自宅だし他人の目はないから平気だと自分に言い聞かせ、心を落ち着かせる。
「水温はちょっと冷たく感じるぐらいにしてあるわ。万が一溺れても即座に察知して助けてあげるから、安心して楽しみなさい」
ファルムが髪をかき上げ、自信に満ちた顔で言い放った。
「さっきから思ってたんですけど、今日のファルムさん、なんかいつもより優しいというか、怪しいぐらいに気が利きますね。なにか裏でもあるんですか?」
「まっ、ままま、まったく、疑り深いメスガキだわ。べっ、べべ、べつに裏なんてないわよ。最愛の恋人であるカナデを喜ばせたい、生活を共にする同郷の仲間にも羽を伸ばしてもらいたい。ほ、他に意図なんてないんだから」
…………分かりやすすぎる。
「ファルム、余は素直に言った方が楽だと思うぞ」
諭すように、サクレが助言する。
「うぐっ。わ、分かったわよ、言うわよ! リノは食材を切るのを任されてるし、サクレは食器洗いを手伝ってるから、あたしもカナデの役に立ちたかったのよ! カナデにしては珍しく『プールに入りたい』って要望を口にしてくれたから、これはチャンスだって思ったのよ!」
隠しても無駄だと観念したファルムは、照れて真っ赤になった顔をぷいっと背け、開き直ったようにまくし立てた。
ファルムが役に立っていないなんて思っているのは、まず間違いなく本人以外にはいない。
だけど冗談や謙遜ではなく、ファルム自身がそう感じていたというのは彼女の様子から容易に分かる。
とかなんとか冷静に考えてるけど、私の心はまったく穏やかじゃない。
ファルムの照れた表情、健気にもほどがある心根の優しさ。
恋人として、平常心を保っていられるわけがない。
「~~~~っ、ファルム! あぁもうっ、大好き! かわいすぎるよ! 役に立ってないなんて、全然そんなことない! プールのことももちろんだけど、ファルムの気持ちがなにより嬉しい! 好き好きっ、大好きっ!」
とうとう感情が爆発し、有無を言わさずファルムを力強く抱きしめた。
摩擦熱で火傷しそうなほどの勢いで、眼下にあるファルムの頭に頬ずりをする。
抑えられない想いが思考を介さず声となって溢れ出し、リノとサクレに見られていようとお構いなしに愛を叫ぶ。
「んむっ、んっ、んむむむっ」
「ご、ごめんっ」
胸でファルムの顔を圧迫してしまっていることに気付き、すぐさま抱擁を解く。
ついでに、激しい頬ずりで乱してしまった髪を手櫛で直す。
「謝る必要はないわ。というより、カナデのおっぱいに包まれながら愛の言葉を聞けるなんて、いくらお礼を言っても足りないわよ」
言われて自分の行動を思い返し、その大胆さに赤面する。
「いや~、見せ付けてくれますね。ボクたちもいるってこと、忘れてません?」
リノが挑発的な笑みを浮かべ、下から覗き込むような姿勢で上目遣い気味に私とファルムを見やる。
「豆粒サイズだから視界に入らなかったわ」
「いやいや、ボクとそんなに変わらないじゃないですか! 胸で言えば、ボクの方がちょっとだけ大きいですし!」
「ふっ、憐れなメスガキだわ。カナデとサクレを見なさい。サイズの話を持ち出したのはあたしだけど、あれを見ればあんたも些細な差を気にするのがバカらしくなるはずよ」
達観したような態度のファルムに促され、リノが私とサクレの胸を見回した。
お風呂で見られ慣れているとはいえ、凝視されるとさすがに恥ずかしく、私たちは先端を手のひらで覆い隠す。
リノはすぅぅぅっと細く長く息を吸いながら、天井を仰いだ。
「これが胸囲の格差社会というものよ。ドングリが背を比べたところで、大玉スイカやメロンは足元のドングリに気付きさえしないわ」
ファルムがリノの肩を優しく叩く。
二人とも、見た目の幼さに似つかわない哀愁を身にまとっている。
私とサクレは、なんとも言えない面持ちで立ち尽くすことしかできなかった。
プールに入るのはもう少し間を置いた方がよさそうだ。
プールサイドで全裸待機というのもシュール極まりない光景だけど、これもまた貴重な体験ということで。
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