51話 家の中にプール部屋ができた①

 事の発端は、私がふと漏らした「プールに入りたい」という言葉だった。

 家の中はファルムの魔法によって温度・湿度共に快適な状態が保たれているとはいえ、一歩外に出れば耐え難い蒸し暑さが体を襲う。

 梅雨が明けて夏が訪れたら、みんなで隣町のレジャー施設に行ってみたい。想像を膨らませるだけで、なんだか楽しくなってきた。


「プール、いいじゃない。それじゃあ、


 ファルムもすぐさま賛同してくれて、私は「夏が楽しみだね」と声に出す寸前で、気付く。

 後半のセリフが持つ、その意味に。


「えっと、つ、創るって、もしかして、家の中に?」


「ええ、もちろんよ。家の中なら、カナデのおっぱいを他人に見られる心配もいらないわ」


「カナデさん、いちいち真に受けてると疲れちゃいますよ。さすがのファルムさんでも、できることとできないことがあります」


「余はビニールプールを創造するという意味だと思うぞ」


「相変わらずメスガキたちは無礼極まりないわね。もう創ったから、疑うなら自分の目で確かめなさいよ」


 ファルムは他愛ない雑談のノリで、地球上の学者たちが卒倒するようなことを言ってのけた。


「もう創ったって……え? プールを、ですか?」


「にわかには信じられんが、嘘を言っている様子ではなさそうだ」


 さっきまで半分聞き流すような態度だったリノとサクレが、態度を一変させる。

 そもそもファルムは嘘が苦手――というより下手なので、もしただの冗談なら表情や声色に出ていた。

 二人ともそれを理解しているため、ファルムの様子に違和感がないことから、ふざけているわけではないと判断したのだろう。


「百聞は一見にしかず、いまから案内してあげるわ」


 ファルムはスッと立ち上がり、私たちを誘導する。

 廊下を抜けて脱衣所に入ると、さっそく大きな違いを発見した。

 本来壁であるはずの場所に、扉が増えている。


「浴室と同じように、プール部屋にも脱衣所から行けるようにしたのよ。泳いですぐに入浴できるし、我ながら気が利いてるわね」


 ふふんっと鼻を鳴らして誇らしげに胸を張るファルムは、私たちの反応を待たずして、おもむろに扉を開けた。

 学校の体育館に近い広さと高さを有する真っ白な部屋、中央にて絶大な存在感を主張する広々としたプール。

 アパートがすっぽり収まってしまうほどの空間が、扉一枚を隔てた先に厳然としてある。


「へぅ……」


 驚愕のあまり、自分でもよく分からない妙な声が漏れた。


「いやいやいや、いくらなんでも、うわぁ……」


「これはまた……余の本意ではないとはいえ、魔王などと名乗っていたのが恥ずかしくなってしまうな」


 ファルムと同じく異世界出身である二人も、驚きを隠せない様子だ。


「試作段階だから、シンプルに創ってみたわ。床や壁の色とか材質にリクエストがあれば応えるし、流れるプールやウォータースライダーとか、欲しい物があれば遠慮なく言いなさい」


 いろんな意味で次元が違いすぎる。

 深呼吸を繰り返して平常心を保ち、どうにか『これも一種のリフォーム』だと自分に言い聞かせることで、現実を受け止めることができた。


「ファルム、ありがとう。ちょっと――というか想像の遥か上を行く方法だけど、すごく嬉しいよ」


 まさか家の中に、家より格段に大きなプール部屋ができるとは。

 まだ頭が若干困惑しているけど、純粋な厚意で素敵なプレゼントを用意してくれたファルムに感謝を告げる。


「喜んでもらえてよかったわ。あたしたち専用のプールだから、堂々とセックスしても問題ないわよ」


「せっかくのプールなんだから、泳いだり水遊びしたりしようよ」


 相変わらずの際どい言動を、別の提案によって受け流す。

 徐々に心が落ち着きを取り戻し、それに伴って驚きが喜びへと変換される。

 好きなときにプールで遊べる。人目を気にせず、気心知れたみんなと思いっきり楽しめる。

 和気あいあいと水中ではしゃぐ姿を思い浮かべただけで、体が震えるほどの高揚感を覚えた。

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