47話 カラオケに行ってみた

 カラオケに行ってみたい。

 何気なく口にした提案が満場一致の賛成を得て、実現へと至った。

 日曜日の昼過ぎ。人生初のカラオケを体験するため、四人そろって家を出る。

 私を含め、全員が真新しい衣服に身を包んでいる。雑誌の写真を参考に、ファルムが創り出してくれた物だ。

 バス停に向かう道中で何人かとすれ違ったものの、ファルムたちが特別注目されることはない。

 歪曲魔法で認識を歪め、周りの人にはその辺にいる女子グループとして映っているらしい。


「ファルムさんもたまには役に立ちますね」


「うっさいメスガキ。あんただけ痴女として認識させてもいいのよ?」


 なかなかに残酷な考えだ。ただ歩いているだけで痴女として扱われるのは、精神的に相当キツい。

 もちろん冗談だと分かっているので、サクレと共に二人のやり取りを微笑ましく見守った。

 しばらくバスに揺られ、隣町の駅に到着。ロータリーのすぐそばにある有名チェーンのカラオケボックスに足を運ぶ。

 ……カラオケの受付って、どうすればいいんだっけ?

 私の心中を察してくれたのか、リノが「ボクに任せてください」と言ってカウンターへ向かった。


「いらっしゃいませ。四名様でよろしいですか?」


「はい、四人です。フリータイムで、機種はこれでお願いします」


「かしこまりました。ただいまこちらの――」


 カラオケの熟練者と言われても信じてしまうような、無駄のないスムーズな応答。

 部屋番号が記されたプレートを受け取って、リノの後に続いて部屋に移動する。

 上着をハンガーにかけてポーチをソファに置き、一息つく。


「初めてのくせに、やけに手馴れてたわね」


「知識はありましたし、元の世界では立場上なにかと手続きをする機会が多かったですからね。内容こそ全然違いますけど、流れは似たようなものですよ」


 私が抱いていた疑問がファルムの口から発せられ、リノはさも簡単なことのように答える。

 私たちは感嘆の声を上げ、惜しみない拍手でリノを称えた。

 最年少とは思えない頼もしさを感じ、異世界で王宮の騎士を務めていた経歴は伊達じゃないと思い知らされる。


「さすがリノ、余も見習わないとな」


 サクレは深くうなずき、リノを見つめた。

 声の出し方を必死に練習したことといい、向上心の高さがうかがえる。


「いやいや、大げさですよ。まぁ、ボクを見本とするのは正しい判断ですけどね~」


 褒められたのが嬉しかったのか、無邪気な笑みを浮かべて胸を張る。

 常識で考えれば騒ぎ立てるようなことじゃないのかもしれないけど、この場において彼女が称賛を浴びるのは至極当然のことだ。

 いつもならここで悪態をついていそうなファルムも、今回ばかりは呆れた視線を送るに留めている。

 フリータイムとはいえ時間は有限。手さぐりで機材を操作し、マイクやミュージックの音量を調節する。


「それじゃ、まずはカナデから歌いなさい。聞く者すべてを魅了する神秘の歌声で、あたしたちの心を癒してちょうだい!」


 ファルムが大層なジェスチャーを交えつつ、マイクを押し付けてきた。

 授業以外で歌う機会がなかったので自信はないものの、一所懸命歌わせてもらおう。

 何年か前に炭酸飲料のCMで使われていた曲を入れ、演奏が始まるのをドキドキしながら待つ。

 メロディーが流れ始め、歌詞が表示された。

 カラオケで緊張するのもどうかと思うけど、少なくとも私はいま、短距離走のスタート前に似た感覚を抱いている。

 一度歌い始めてしまうと緊張は解け、ファルムたちが手拍子やかけ声で盛り上げてくれていることもあり、楽しい気分で声を出せた。

 一曲目にして、カラオケがみんなに愛される理由が分かった気がする。


「カナデっ、最高だったわよ! いますぐっ、ここでっ、セックスするわよ!」


 歌い終えると同時に、ファルムが泥酔を疑うレベルで騒ぐ。


「カラオケはそういうことをする場所じゃないよ」


 頭を撫でつつ、諭すように言う。

 するとファルムは満足気に口角を緩ませ、おとなしく着席してくれた。


「なでなで、きもちいぃ」


 うっとりとした表情で、蕩けた声を漏らす。

 どうやら、頭を撫でるという行為は想像以上の効力を秘めているらしい。


「ファルムさん、正気を保っているうちにどうぞ」


 軽く煽りを入れつつ、リノが選曲用のタブレットを手渡す。

 ファルムがどういう曲を好むのか気になって画面を覗き込むと、いろいろな歌番組で紹介されている人気のラブソングが選択されていた。

 しっとりとした、それでいて明るい曲調のメロディーが流れ始める。


「この歌をカナデに捧げるわ!」


 惚れた弱みと言うべきか。スッと立ち上がったファルムに熱い視線を向けられ、私の心は鷲掴みにされてしまった。

 さらには抜群の歌唱力、込められた気持ちの強さ、二人称を私の名前に置き換える遊び心も相俟って、不覚にも『いますぐ抱かれたい』という思いに胸中を支配される。


「しゅ、素敵だったよっ。ファルム、すごく歌上手いねっ」


 自分の物とは思えない蕩け切った声が出て動揺するも、すぐさま語気を強めて修正した。


「ふふっ、カナデに褒めてもらえるなんて光栄だわ。すっかりメスの顔しちゃって、セックスしたくなったんじゃない?」


「な、ならないもん」


 図星を突かれ、声に動揺が滲み出てしまう。


「イチャついてるところ悪いですけど、次はボクが歌わせてもらいますね」


 私とファルムのやり取りを茶化しつつ、リノがマイクとタブレットを手元に移す。

 選曲を終えて画面に曲名が表示され、アニメの映像に切り替わる。

 昨年放送されていた作品で、貴重な百合アニメなので私も視聴していた。

 サクレが映像ではなくリノに熱い眼差しを向けていることを、リノは気付いていない。

 後奏に入り、かわいらしい歌声の余韻に浸る。


「では、余も歌わせてもらうとしよう」


 サクレの選曲に一同がざわつく。

 音楽番組でもたびたび紹介されているので、私はもちろんファルムやリノも知っている。

 なぜメジャーな曲に驚きを禁じ得ないのかと言えば、ジャンルがだから。

 ハチミツのように甘い声と合わさってどんな化学反応が起きるのか、誰にも予想できない。

 みんなの注目を一身に集め、サクレはすぅっと大きく息を吸い込む。

 そして、最初のフレーズを歌い切った時点ですでに、私たちはサクレの歌から意識を話せなくなっていた。

 ともすればミスマッチにも思えた組み合わせは、絶妙なバランスで互いを引き立て合い、相乗効果を生み出す。




 よく言われるように、楽しい時間はあっという間に過ぎる。

 一人あたり何曲ぐらい歌ったのだろう。来店時と比べ、四人とも明らかに声がかすれていた。

 会計を済ませて店を出て、夜風を浴びながらバス停に向かって歩く。

 誰からともなく出た『また来たい』という意見は、確かめるまでもなく全員の総意であった。

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