44話 嬉しい気遣い

 何日か前から、起床時と就寝前にキスをするのが習慣となっている。

 ファルムの方から誘ってくれるんだけど、『もう一回』を何度も繰り返すのは私なので少し恥ずかしい。

 今朝なんかはリノに目撃されてしまい、顔から火が出るような思いのまま学校へ行った。

 帰宅すると同時にキスを求められ、それに応える。もちろん、傍らにリノとサクレがいる状況で。

 家族のような仲とはいえ、キスしているところを見られるのは恥ずかしい。

 お茶を淹れて一息ついているいまも、油断すると悶えそうになる。


「カナデの唇、ぷるぷるしてて温かくて最高の感触なのよ。漏れ出る熱い吐息がまた甘くていい匂いで、不意打ちで抱きしめると小さな喘ぎ声みたいなのを発してくれるんだけど、それが抜群にかわいくて、思い出すだけで濡れてきちゃうわ!」


 隣でファルムがキスの感想を熱弁するものだから、しばらく完全には落ち着けそうにない。

 普通なら適当に聞き流してもおかしくないと思うんだけど、リノとサクレは興味深そうに耳を傾けている。

 私としても、ファルムが自分とのキスに対して感じていることを聞けるのは照れ臭くもあり嬉しくもあるので、耳を塞いだり現実逃避したりせず、むしろ一言一句逃さず記憶しておく。


「なんというか、大人って感じですね! ファルムさんを褒めるのは癪ですけど、聞いてるだけでドキドキします!」


「ふふんっ、もっと褒めてもいいのよ!」


 いつもなら二言目にはケンカが勃発していてもおかしくない二人が、争いとは無縁のやり取りを交わしている。


「……カナデも、気持ちいい……?」


 過激な質問を投げられ、ビクンッと体が強張る。

 もしお茶を口に含んでいたら、確実に噴き出していただろう。


「う、うん、気持ちいいよ。体が熱くなって、ふわふわ浮かぶみたいな感覚になる」


 内容が内容なだけにちょっと言いづらいけど、素直な気持ちを告げる。

 当然ながらファルムの耳にも入ったわけで、満足気に口角の緩みきった笑みを浮かべ、「うぇへへへ」と気の抜けた声を漏らしていた。


「二人きりになりたいときは、遠慮せずに言ってください。ファルムさんの魔法に頼ることになりますけど、ほどよい時間になるまでサクレさんと一緒に公園で遊びますから」


 リノの発言がなにを意味するのか、理解は容易い。

 キスを普通に行えている以上、あえて二人きりになる必要があるとすれば、それはさらに進んだ行為に及ぶときだ。

 ファルムが常日頃から要求してくる、愛の営み。

 いまとなっては現実味が帯びるどころか、初体験まで秒読みの段階と言っても過言ではない。

 サクレもリノの意見に賛同し、コクコクと首を縦に振る。

 ただ、なんとなく悲しげだ。なぜだろうと考えていると、サクレが口を開いた。


「……余と、遊んでも……退屈だと、思う……ごめん、なさい……」


「そんなことないですよ。カナデさんとファルムさんの恋路についていろいろ話すのは楽しいですし、スマホのゲームで対戦するのだって面白いです」


「……そ、そう……?」


「ボクの勝手な思い込みかもしれませんけど、サクレさんとは相性がいいって感じてるんです。元の世界ではいろいろあったとはいえ、一緒にいて一番安心できる存在ですよ」


「……え、あぅ……う、嬉しい……」


 リノの言葉を受けて、サクレが柔らかな笑顔を浮かべる。

 とても幸せそうに、頬まで染めて。

 と、ここで滅多に働かない私の直感が珍しく活躍する。

 サクレがリノに向ける視線はどこか熱っぽく、同じ笑顔でも私やファルムに向けるものとは微妙に異なるように思えてならない。

 もしかして、サクレはリノのことが……?


「というわけなので、必要なら昼夜を問わずに言ってください。ボクはサクレさんと楽しく過ごしますから、遠慮なんて無用ですよ」


「分かった。その時が来たら、お願いするね」


「なんなら今夜でも構わないわよ! ずっと待ち侘びていたカナデとのセックス、想像するだけでよだれが溢れるわ!」


「うーん、そんなにガツガツされると、ちょっと……」


 ワガママかもしれないけど、少しぐらいはムードというものを大切にしてほしい。

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