43話 意外な事情

「このメスガキ! あんまり調子に乗ってると全身の穴という穴にタバスコ注ぐわよ!」


「バカの一つ覚えみたいに、困ったらすぐ脅迫ですか? そんなことしたら、カナデさんに見限られちゃうんじゃないですか~?」


「んなっ!? そ、そんなことないわよ! そうよね、カナデ!?」


 例のごとくケンカしている二人を見守っていると、唐突に話を振られてしまった。


「うーん……私はファルムのこと大好きだけど、あんまりひどいことしちゃダメだよ?」


 争いの火を広げないよう内容に気を付けつつ、嘘のない意見を述べる。


「……そもそも、ファルムは……リノに、容赦ない……理由、あるの……?」


 サクレが小首を傾げ、ファルムに問いかけた。

 言われてみれば、確かに気になる。


「単純に挑発的な態度とか実年齢の若さもあるけど、その辺はまだ序の口ね」


 そっか、ファルムは年齢を気にしているんだった。

 気が遠くなるほど桁が違うんだから、むしろそんなに意識するようなことじゃないと思うんだけどなぁ。

 見た目なんて、私よりよっぽど幼いわけだし。

 あと、ファルムが見た目通りの年齢だったら、倫理観とか諸々の事情でスキンシップの種類が限られてしまうから、ファルムが途方もないほど高齢なのは私にとってなにかと都合がいい。


「最たる理由は、事故とはいえこのメスガキがアソコにキスしてもらったことよ!」


「あー、ありましたね、そんなことも」


「あのときは本当にごめん、リノも恥ずかしかったよね」


「……余が来る前に、そんなことが……」


 それほど昔のことじゃないけど、なんだか懐かしい。


「なに和やかなムードになってんのよ! あたしにとっては死ぬほど羨ましいことなんだから!」


「いや、あなた死なないじゃないですか」


「チッ、うるさいわね。とにかく、妬ましくて仕方がないから、ケンカが激化してくると加減できなくなるのよ」


「事情は理解しましたけど、ファルムさんが言うところの最たる理由って、ボクにとってはとばっちりですよね? 態度や年齢はともかく、あの件に関しては運悪く起きてしまった事故ですし」


 二人が口論を繰り広げている間に、ちょっとした案を閃いた。

 だけど、それを口にしていいのかどうか。

 サクレにこっそり耳打ちして相談したところ、この上ない名案だと称賛される。

 私は決意を固める意味でも両手をパンッと強く鳴らし、半ば強引に注目してもらう。


「て、提案があるんだけど! ファルムが羨ましいって言ってること、私がファルムに、するのは、どう、かなぁ」


 言ってる途中で照れてしまい、最後の方は消え入りそうな声になってしまった。


「そ、それってつまり、かかか、カナデが、あたしのアソコに……ってことよね!?」


「う、うん」


 恥ずかしいけど、ファルムが嫉妬するほどに望んでくれる行為なら、私としてもやぶさかではない。


「やったーっ! やったっ、やったっ、とんでもなく嬉しいわ! うぇへへ、想像しただけでニヤニヤが止まらないわよ! わーいっ、生きててよかった!」


 誰が見ても分かるほどに見事な浮かれっぷりだ。

 部屋中をスキップで動き回り、腕をパタパタ振ったり体を揺らしたりして全身で喜びを表現している。

 これが『萌え』という感情なのだと明確に自覚できるほど、尋常じゃなくかわいい。

 上手く言い表せられないけど、ファルムを見ていると胸がキュンとする。


「ふぅ。この様子なら、今後は時間停止からのフルボッコみたいな仕打ちは受けずに済みそうです」


「……リノ、よかったね……」


 丸く収まってよかった。

 そろそろ夕飯の支度を始めたいところだけど――


「わーいわーいっ、あたしは世界一の幸せ者よ~! いぇ~いっ! ひゃっほーうっ!」


 もうしばらく、ファルムの舞い上がった姿を眺めさせてもらおう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る