42話 頭から離れない

 いつも通り目を覚まして、いつも通りスマホで時間を確認して、いつも通り軽く体を伸ばす。

 そして、昨晩のことを思い出して赤面し、布団に潜って体を丸める。

 ぷるぷるの唇は柔らかくて温かくて、控え目に言って最高。言葉なんて必要ないぐらい気持ちが伝わり合うのを感じ、体の奥がムズムズするというか、そわそわするというか、じゅんっと熱くなった。

 唇なんて自分でいくら触っても全然なにも感じないのに、ファルムの唇がちょっと触れただけで、頭が真っ白になりそうなほどの心地よさに襲われた。

 あんなに気持ちいい体験は、生まれて初めてだ。

 ファルムのことを考えると、体の敏感なところが物欲しげに疼いてしまう。

 静かに布団から顔を出して、隣で寝息を立てる恋人の横顔を眺める。

 鮮明に感触を思い出せる唇、長い睫毛、きめ細やかな色白の肌、小ぢんまりとした鼻、人間とは異なる形の耳。

 無意識のうちに形成されていた心の枷がキスによって破壊されたのか、ファルムが愛おしくて堪らない。

 華奢な体をギュッと抱きしめたい。長く繊細な黄金の髪を撫でたい。昨晩のように情熱的なキスを交わしたい。

 起こしては悪いという良心と急にベタベタして嫌われるのが怖いという不安が、どうにか自制心を支えてくれている。

 ファルムに触れられないことがもどかしく、胸が締め付けられるように切ない。

 恋愛なんて初めてだから知らないことだらけだけど、自分がどれだけファルムのことを大好きなのかはハッキリと分かる。

 かわいい。大好き。愛おしい。

 目を閉じて耳を塞ぐと、かすかに漂うファルムの匂いを明確に感じ取ってしまった。

 シャンプーもボディーソープも同じで、さらには布団まで同じなのに、ファルムだけが放つ爽やかな甘い香りが脳を強烈に刺激する。

 自慰の頻度はかなり少ない方だと思うけど、私だって年相応の性欲は持ち合わせている。

 このままだと歯止めが利かなくなると直感して、ファルムを起こしてしまわないよう気を付けつつ、逃げるように布団を出て洗面所に行く。


「うわぁ」


 鏡を見た瞬間、顔の赤さに呆れてしまう。

 体調は万全なのに、インフルエンザにかかったときより真っ赤になっている。

 顔を洗って、強引に火照りを冷ます。


「はい、タオルよ」


「ありがとう、ファル――むぅっ!?」


 水を止めてタオルを取ろうとしたら、ファルムが手渡してくれた。

 いつの間に現れたのか分からず、つい素っ頓狂な声を上げてしまう。


「水臭いわね、あたしも呼びなさいよ」


「ご、ごめん、起こしたら悪いかと思って」


 あのままだと襲ってしまいそうだったから、とは言えない。


「まぁいいわ。そんなことより、いまなら二人きりよ! セックスする絶好のチャンスじゃないかしら!」


「し、しないよっ」


 正直に言えば、私だってしたい。

 それでなくても以前からファルムになら体を許せると思っていたのに、いまはもう完全に自分でも切望している。

 たとえ二人きりじゃなくても、リノとサクレが見ている前でも構わずファルムとエッチしたい。

 でも、キスに続いて肉体関係まで持ってしまったら、間違いなく自分を抑えられなくなる。

 だから、いまはまだダメだ。

 後ろ髪を引かれる思いだけど、唇を噛んででも断らないと。


「だったら、キスならどう? 昨日の夜みたいに、情熱的なキスがしたいわ!」


「あぅ……う、うん、いいよ」


 キスなら、大丈夫だよね。

 刺激が強いのは事実だけど、理性崩壊だけは免れる、はず。


「ちゅっ」


 少し身を屈め、背伸びをするファルムと唇を重ねる。

 一度経験したおかげか躊躇や抵抗感はなく、恋人として当たり前の行為としてスムーズにできた。

ファルムの肩をそっと掴むと、お返しとばかりに左右の胸を鷲掴みにされる。


「――んっ」


 ただでさえキスの快感に反応して硬くなった先端部分が、圧迫されて下着に擦れ、痛いほどに自己主張しているのを感じる。

 私のそれは胸の大きさに比例して同年代の子たちよりも目立つので、服越しとはいえいまの状態に気付かれているかもしれない。

 口付けをしたり胸を揉まれたりして興奮しているのを知られたかと思うと、余計にドキドキしてしまう。




 数分後。二人でリビングに戻ると、リノとサクレが布団を片付けている最中だった。

 あいさつを交わした後、窓を開けて空気を入れ替え、ちゃぶ台を部屋の隅から真ん中へと移動させる。


「ところで、お二人ってキスしましたよね?」


「「ぅえっ!?」」


 不意打ち気味に発せられた問いかけに、私とファルムは同時に体を強張らせる。

 取り繕おうとしたところで、もう遅い。


「くっ! クソザコなメスガキだと侮っていたけど、まさかあたしの心を読むとはね。神話級の魔法を用いても感情の一端すら読めないよう常に障壁を張っているのに、それを打ち破るほどの精神干渉魔法とは恐れ入ったわ。ほんのちょっとだけど、見直してあげる」


「いや、誰でも分かりますよ。二人ともチラチラお互いのことを気にしたり、意味ありげに唇を触ったりしてますからね。余計な罵詈雑言は聞き流すとして、とにかくおめでとうございます」


「……二人とも、おめでとう……余も、嬉しい……」


 恋人なんだから隠すことでもないんだろうけど、完璧に看破されると尋常じゃなく恥ずかしい。

 でも、祝ってもらえるのって、すごく嬉しい。

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