41話 それはとても甘くて温かい

「ファルム、ちょっといい?」


 リノとサクレが寝静まったのを念入りに確認してから、ファルムに小声で話しかける。

 今日ばかりは、彼女の夜更かしに感謝だ。

 いまから申し出ることには少なからず勇気を要するので、シチュエーションが整っているのはありがたい。


「トイレのお誘いかしら? だったら、喜んで同伴するわよ」


「違うよ。なんというか、その……」


 覚悟は決めていたはずなのに、寸前になって怖じ気付いてしまう。

 だけど、ここで退いたらダメだ。

 ファルムは毎日欠かさず、私のことを求めてくれる。

 たまには私の方から、想いを届けたい。


「――き、キス、したいな」


 い、言えた。

 大丈夫、ちょっと詰まったけど噛んではいない。きちんと伝わったはず。


「ほへ? あ、あぁ、なるほど、そういうことね。まったく、信じられないぐらいリアルな夢だわ」


 ポカンとした表情を浮かべたかと思えば、やれやれといった様子で溜息を吐いた。

 勘違いしたまま眠りに就かれるわけにはいかない。


「夢じゃないよ。私、ファルムとキスしたい。いつも照れ隠しでいろいろ受け流してるけど、ファルムを好きだって気持ちは本物だから」


 布団の中でファルムの肩を掴み、目と目を合わせて本心を打ち明ける。

 ドキドキしすぎて心臓が爆発しそうだけど、絶対に逃げたくない。


「あ、あたしだって、したい、けど……本当に後悔しない? あたしはカナデより遥かに年上だし、姿形が人間に近いだけで種族が違うし、尋常じゃなく性欲が強いのよ? 散々誘っておいてなんだけど、拒まれても文句は――」


 ファルムも望んでくれていることを改めて確認できて、意思は固まった。

 私を気遣って並べ立てられた忠告を受けてなお、気持ちは変わらなかった。

 だから、最後までは聞かずに、彼女を思い切り抱きしめる。

 華奢な体をギュッと抱き寄せ、唇を重ねる。


「んっ、むぅ」


 ファルムは驚いた様子で目を見開き、ビクンッと体を跳ねさせた。

 すぐさま蕩けたような表情に変わり、私がしているのと同じように、背中に腕を回してギュッと抱いてくれる。

 ファルムの唇……ぷるんと柔らかくて、温かい。

 きめ細やかな肌が目の前にあって、閉じるタイミングを逃した瞳はあまりにも美しく、目が離せない。


「ふぁうむ、すきぃ」


 唇を触れ合せたままだから、発音がままならない。

 でも、より強く抱きしめてくれたことで、ちゃんと私の想いが伝わったのだと分かる。

 ホラー映画を見ているときよりも鼓動が速まっているのに、痛みや不安はなく、ただひたすらに心地いい。

 抱き合って密着しているとはいえ、直に接触しているのは唇だけ。

 にもかかわらず、信じられないほどの一体感に包まれている。

 合わさった唾液が唇の間からこぼれるのも気に留めず、初めてのキスに酔いしれる。




 ひたすらにキスを続け、鼻で息をするのも苦しくなり、泣く泣く唇を離した。


「この機会だから、言いたいこと全部言わせてもらうね。ファルムが普段口にしてること、私も興味がないわけじゃないの。むしろ、人並みにはそういう欲求がある。大事なところで素直になれなくて、これからも照れ隠しではぐらかすと思うけど……キスだけじゃなくて、いつか必ず、え、エッチも、しようね」


 うぅ、なんとか言えたけど、頭と顔から火が出て心臓が飛び出しそうなぐらい恥ずかしい。

 だけど、言えてよかった。


「っ!」


 ファルムが超高速で首肯している。

 いつにも増して瞳がキラキラ輝いていて、心から喜んでくれているようで私も嬉しい。


「も、もう一回、キス、する?」


 勇気を出して問いかける。

 意趣返しとばかりに、今度はファルムが返事代わりに唇を奪ってくれた。

 結局もう一回だけでは済まず、その後も熱い抱擁を交わしながら、眠りに落ちるまで何度もキスを楽しんだ。

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