40話 成果は微妙

 自分だけじゃなく誰かのためにご飯を作るというのは、たとえそれが早朝の忙しい時間だとしてもやる気が沸いてくる。

 おいしそうに食べてくれる三人の姿を見てますます元気になり、明るい気持ちで学校に行く。

 以前の生活とは比べ物にならない、幸せに満ちた日常。

 だけど、今日はなぜか頭の片隅にモヤモヤした感覚がある。

 悩みとか不安とは違う。

 暗い気持ちじゃないんだけど、ちょっとだけ寂しいような、なんとなく物足りないような。でもハッキリとしたことは分からない。

 正体は分からないのに、小さくも確かな違和感として居座り続ける。

 学校では常に一人なので、考える時間は多い。

 休み時間はもちろん授業中も違和感の解明に頭を働かせ続け、いつも通りトイレでお弁当を食べている最中にようやく答えにたどり着いた。

 とはいえ家に帰って確かめるまで、結論として片付けるわけにはいかない。

 午後の授業にはほとんど集中できず、放課後を迎えるや否や急かされるように学校を出る。

 家に向かってひたすら足を動かしながら、朝の会話の一通り思い返す。

 やっぱり、そうだ。

 改めて確信を得たタイミングで家に着き、みんなに迎えられながら中に入る。

 リビングで仲よく談笑していると、私の考えが正しかったことが証明され、わずかに残っていたモヤモヤも消え去った。


「カナデ、悪い虫に付きまとわれたりしてないわよね? なにかあったら、すぐに言いなさいよ」


「大丈夫だよ、学校では正真正銘のぼっちだから」


 心を抉る自虐ネタだけど、家にはみんながいるからつらくない。


「いや、それは……まぁいいわ。とにかく、少しでも危険を感じたらあたしを呼びなさい。カナデが強く念じれば、どこにいてもすぐに駆け付けるわ」


「ありがとう。本当に大丈夫だけど、すごく頼もしいよ」


 ファルムの優しさに、胸が熱くなる。

 違和感の正体について話そうかとも思ったけど、リノやサクレも気付いていてあえて口にしていない様子だ。

 ここは一つ、温かい目で見守ることにしよう。

 ――自ら下ネタを封じた、ファルムの決意を。

 朝起きてからいまに至るまで、今日は一度として下品なことを言っていない。

 性行為を要求されることもなければ、リノとの口ゲンカで卑猥な表現を用いることもなく。

 誰に言われるでもなく自重するなんて、いい傾向なのではないだろうか。




 夕飯を食べ終えてしばらく経ち、そろそろお風呂に入ろうかという頃合。


「んぐうっ! あたしの完璧すぎる作戦がああぁあぁああぁぁあ~~~~っっ!」


 みんなに声をかけようかとした瞬間、ファルムが唐突に頭を抱えて床を転げ回った。


「と、とうとう本格的に頭がおかしくなったみたいですね」


「……残念……」


 リノが表情を引きつらせながら悪態をつき、サクレは諦めたように視線を逸らす。


「ファルム、どうしたの? 作戦ってなんのこと?」


 下手に声をかけるのはまずいかとも思ったけど、さすがに心配なので黙ってもいられない。

 ファルムは私の問いかけに反応してピタリと動きを止め、ゆっくりと立ち上がる。


「押してダメなら引いてみてセックスし放題大作戦のことよ!」


 自分の恋人に対して申し訳ないけど、先ほどリノが漏らした意見に賛同したい気持ちでいっぱいになった。


「ひたすらセックスを要求しても軽い愛撫すらしてもらえないから、こうなったらいっそ受け身の態度を取ればカナデの方から求めてくれると思ったのに!」


「な、なんか、ごめんね」


 血涙すら流しそうな必死の様相から察するに、よほど自信のある作戦だったのだろう。


「ぷぷっ、バカですね~。やーいやーい、アホエルフ~っ」


 リノが分身しそうな速度でファルムの周囲をグルグル回り、挑発的なジェスチャーを見せ付けつつ露骨に煽る。

 幼稚なほどにシンプルな罵倒だけど、ファルムの精神状態を鑑みれば逆に効果覿面かもしれない。


「チッ」


 ファルムの舌打ちが聞こえた直後、白目を剥いて口の端からよだれを垂らした全裸のリノが仰向けで倒れていた。

 一瞬の出来事にわけが分からず、説明を求めてファルムに視線を向ける。


「さすがのあたしも容認できないほどムカついたから、ちょっとお仕置きしてあげたわ。服はまた後で創ってあげるから、しばらくこのまま放置しておきなさい」


「う、うん」


 物言いは静かだけど、有無を言わさぬ迫力がある。

 風邪を引かないように、毛布だけかけさせてもらう。


「はぁ……ここまで盛大に失敗したら、潔く諦められるわ。やっぱり、コツコツ地道にアピールし続けていくしかなさそうね」


 セックスという単語を頻繁に用いることを『コツコツ地道に』と表現していいのかどうか、私には判断できない。

 あと、違和感の正体に気付く前に若干の寂しさと物足りなさを感じてしまっていたのは絶対に内緒だ。

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