39話 ケンカ友達
夕飯前のひととき、私たちはちゃぶ台を囲んで談笑を楽しんでいる。
「お茶のおかわり淹れてくるね」
「戻ってきたらセックスしたいわ」
空になった急須を持って立ち上がると、お茶請けの追加を望むようなノリで性行為を要求されてしまった。
常識的に考えれば驚愕するような発言だけど、この家においては日常茶飯事。「はいはい」と適当に受け流す。
「ハイエルフは高貴にして高潔な存在だって習ったんですけど、ファルムさんを見てると教えを真に受けていた自分がバカらしく思えてきますよ」
「なに言ってんのよ、あたしほど高貴にして高潔な存在なんて他にはカナデぐらいしかいないわ。まぁ、あんたがバカなのは揺るがない事実よね」
それほど離れているわけでもないから、キッチンにいても二人の会話が耳に入ってくる。
取っ組み合いのケンカに発展すると、サクレが間に入って制止する。
リビングに戻ってみんなの湯呑みにお茶を注ぎつつ、それとなく口を開く。
「ファルムはいつもエッチしたいって言ってくれるけど、そんなにしたいの?」
「当たり前じゃない! 最愛の相手と体を重ねるのは、人として当然の欲求よ! あたしはハイエルフだけど、その辺は人間と変わらないわ! たとえメスガキどもに見られながらだとしても、カナデと濃厚で過激なセックスを楽しみたいのよ!」
即答だった。
ファルムに求められるのは素直に嬉しいものの、嬉しいからこそ照れてしまう。
カーッと熱を持ち始めた頬を隠すように顔を逸らし、「そうなんだ」と素気ない返事で済ませる。
「すっかり慣れましたけど、このエロエルフは本当にいろいろと自重しませんね」
「……発言に、品がない……」
「うんうん、確かに」
呆れ果てた二人の意見に同調し、しみじみとうなずく。
「うぐっ、カナデまで……っ。じゃ、じゃあ、いろいろと自重して品のある発言を心がければ、意識が飛ぶまでセックスしてくれる?」
思った以上にダメージを与えてしまったらしい。
落ち込んだ様子でしゅんとうつむき、悲しげな声を漏らす。
ただ、態度はどうあれ中身はやはりファルムだ。
「うーん。でも、やっぱり高校生の私がファルムみたいな幼女とエッチするのは、倫理的に問題があるんじゃないかなぁ」
わざとらしくあごに手を当てて、世間の常識に基づいた正論を唱えてみる。
ファルムが下ネタを我慢できることは以前に確認済みでありなにかと恥ずかしい目にも遭ったので、おいそれと承諾するわけにはいかない。
いまさら後悔しても遅いけど、撮影は断るべきだった。ファルムのスマホに保存された無数の写真は、私にとって最大級の黒歴史だ。
「自分で言うのもなんだけど、あたしって相当な高齢よ? 見た目は幼女だけど、そもそも異世界出身のハイエルフをこの世界の人間と同列で考えるのはおかしいんじゃないかしら?」
どこか余裕すら感じさせる返答。
しかも内容は紛れもない事実で、私が正論として振りかざした意見は根底から覆されてしまう。
似たようなやり取りを何度も繰り返してきたから今回も同じようにやり過ごせるかと楽観視していたけど、なかなか手こずりそうな予感がする。
「カナデさん、複雑に考えなくても直球で言ってやればいいんですよ。欲望丸出しの変態に辱められるなんて吐き気がする、と」
「ふっ、やめておきなさい。そんなことをすれば、カナデもただじゃ済まないわよ」
「見え透いた脅しですね。いくら鬼畜なファルムさんでも、カナデさんに危害を加えるようなことはしないでしょう? ボクのことは平気でボコボコにしますけど」
「生きたサンドバッグが、なにか勘違いしてるわね。もちろんカナデに危害は加えないわ。ただ……嘘でもカナデに酷いことを言われたら、つらすぎて内臓ごと嘔吐して部屋中があたしの吐瀉物で汚れるから、その光景はトラウマとして残るんじゃないかしら」
なるほど、間違ってもファルムに酷いことは言えない。
「そ、それは確かに、ただじゃ済みませんね。というか、いくらなんでも効きすぎじゃないですか? ボクの聖剣すら容易く凌ぐくせに」
「愛するカナデに嫌われることに比べたら、あんたの聖剣なんてクソザコすぎてかわいそうになるわよ」
「このエロエルフ……っ! いつか必ず傷を負わせますから、せいぜい覚悟しておいてください!」
「あー、はいはい、せいぜい頑張りなさい」
最初は私も会話の当事者だったはずなんだけど、気付けば二人のやり取りを楽しんでしまっていた。
「ファルムとリノって、いいケンカ友達だよね」
「……余も、そう思う……」
サクレと意見が一致して、ふふっと微笑む。
すると、思わず嫉妬してしまいそうなほど、ファルムとリノが息をピッタリと合わせて反論してきた。
示し合わせたかのような反応に笑いそうになるのを必死で堪えつつ、不満そうな二人をなだめる。
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