37話 驚くほどいつも通り

 ファルムに告白された後、特筆するような出来事はなく、普段と同じように夜を迎えて床に就いた。

 毎日同じ布団で寝ているけど、恋人として意識すると否応なく緊張してしまう。

 それに対し、ファルムはすやすやと安らかに寝息を立てる。

 生まれて初めての恋人ができたのに、いまいち実感が沸かない。私が交際というものを過剰に考えているだけなのだろうか。




 昨夜は遅くまで悶々と考え込んでいた。

 まだ寝ていたいという欲求に抗い、あくびをしながら体を起こす。

 カーテン越しに差し込む朝日に目を細めていると、すでに起きていたらしいファルムが私に合わせて体勢を変える。

 身長差はあれど目線を合わせ、「おはよう」とつぶやく。眠気が強く残っているせいか、もにょもにょとハッキリしない発音になってしまった。


「おはよう、カナデ。今日も相変わらずいいおっぱいね。寝ぼけた顔も最高にかわいいわ。いますぐ押し倒してセックスしたい気分よ」


「あ、ありがと」


 どうしてだろう。

 いつも通りのセクハラ発言なのに、いつもと違って呆れより喜びの方が強い。

 コンプレックスだった胸とか、気の抜けた寝起き顔を褒められて、素直に嬉しいと感じる。

 オブラートに包むことなく至極直接的に発された過激な単語に関しても、漠然と捉えて適当に聞き流すことができず、ふと頭の中に思い描いてしまった。

 なまじ裸を見慣れているせいか、脳内に浮かんだ妄想は極めて鮮明だ。


「いつもと違う反応ね。もしかして、カナデもあたしとセックスしたくなったのかしら?」


 からかうように問われ、反射的に「違うよ」と素気なく答える。

 思わず顔を背けてしまったのは、あながち間違いでもなかったから。

 いままで自分の気持ちを深く追求しなかっただけで、ファルムを受け入れる心づもりはけっこう前からできていた。


「わ、私たちって、つ、付き合ってるんだよね?」


「そうよ! だからセックスしてもおかしくない、というか絶対にするべきよ!」


 あまりに勢いよく求められると、こっちとしては逆に冷静さを取り戻せる。

 ファルムの期待には反してしまうけど、ありがとうと言いたい。


「相変わらず朝から騒がしいですね」


「……目覚まし、代わり……」


 結界と呼べるほどの防音性能で外には漏れないとはいえ、家の中では普通に声が響く。

 ファルムは見た目と同じく声も幼く、これがまたよく通る。これだけ近い場所で大声を上げられれば、熟睡し続けるのは難しい。

 リノとサクレとも朝のあいさつを交わし、再びファルムの発言によって一悶着あったりもして、賑やかな時間を過ごす。

 先日の件でボディタッチを行うようになったファルムは、今日も例外なく私の体を触ってくる。


「カナデ、嫌だったらすぐに言いなさいよ」


 ニヤニヤした顔でお尻を撫でながら、ポツリと囁いてきた。


「うん、そうする」


 遠慮なく触れたり揉んだりしてくるけど、不快感はない。

 好き勝手しているように見えて、私のことを最優先に考えてくれているのがひしひしと伝わってくる。

 ファルムは恋人という肩書き自体に大きな意味はないと言っていたけど、少なくとも私にとっては違う。

 自覚していなかっただけで、自分がすでに恋愛感情を抱いていたことに気付かされた。

 リノやサクレのことももちろん大好きだけど、ファルムに向ける気持ちは似て非なるもの。

 それをハッキリと認識できたのだから、たとえ表面上はこれまでと同じだとしても、恋人になったことで間違いなく大きな変化があったと言える。


「カナデもあたしの体を触っていいのよ? 貧相だけど、ロリコンにとっては垂涎物の体型だと思うわ」


 ……ファルムの体が魅力的なのは事実だけど、ロリコン扱いするのは本当にやめてほしい。

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