35話 初めてのおつかい

 ファルムの魔法を持ってすれば、彼女たちの存在を周りの人間に『近所の子ども』として認識させることができる。

 様々な心配から外出は遠慮してもらっていたけど、これなら堂々と人前に姿を見せても怪しまれることはない。

 なんでいままでこれほど単純なことを思い付かなかったんだと、我ながら呆れてしまう。

 でも、これで近場の常に無人な公園だけでなく、いろんなところにみんなでお出かけできる。

 そんな思いから、今日は三人におつかいを頼むことにした。

 というのも、家の外で万が一私とはぐれたとき、落ち着いてこの世界における常識の範疇で行動できるかを確認したいからだ。

 以上のことをファルムたちに話すと、三人とも嬉々として賛同してくれた。


「年長者として、しっかりメスガキ共の面倒を見てあげるわ!」


 腰に手を当て、誇らしげに胸を張るファルム。

 いくら見た目の認識を魔法でごまかせるとはいえ、人前で過激な発言をするのは控えてほしいところ。


「それはこっちのセリフですよ。ファルムさんはハイエルフ、サクレさんは魔族。違う世界の出身とはいえ人間なのはボクだけなんですから、一般人の振る舞いというのをしっかり見習ってください」


 と、リノもやたらと自信満々だ。

 人間なのは事実だとしても、王宮の守護をしてドラゴンも撃退できる元騎士を一般人と呼んでいいのだろうか。


「……おつかい、成功させて……カナデに、褒めてもらう……」


 サクレは私を見上げ、やる気を露わにする。

 なんとも微笑ましく、妹ができたような気分だ。




 財布をファルムに預けて三人を見送り、少し遅れて私も家を出る。

 本来ならこっそり様子を見るべきなんだろうけど、彼女たちに気取られることなく尾行できる自信はない。

 なので、あらかじめ説明し、私はいないものとして扱ってもらうよう話を通している。

 アパートから出て住宅街の中を進み、私たちに縁のある公園が近付く。

 数メートルほどの距離を保ちつつ、みんなの後姿を見守る。


「カナデとセックスできるようになったら、公園みたいに開放的な場所でヤるのもいいわね」


「ぷぷっ、いつも通り口だけは達者ですね~」


「あんまり舐めたこと言ってると、トイレットペーパーの芯で処女喪失させるわよ」


「うげっ、想像するだけでゾッとするような冗談はやめてください」


「……二人とも、それは……普通の会話じゃ、ない……」


 辺りに人影がないとはいえ、ファルムが平然と卑猥なことを口走り、リノが嘲笑混じりに煽る。

 すっかりお馴染みのやり取りを交わす二人に、サクレが的確なツッコミを入れた。

 ちょっと冷や冷やしたけど、取り乱すほどのことではない。

 公園を通り過ぎて、目的地であるコンビニに到着。

 購入してもらうのは、味噌と玉子、そしてみんなで分けられるお菓子。個人的には、最後の一つが難関だと思っている。

 先陣を切るファルムが真っ先に足を運んだのは……あろうことか、成人誌のコーナーだった。


「うーん、参考になりそうな物はなさそうね」


「ふぁ、ファルムさん、ここはダメですっ。一刻も早く立ち去りましょうっ」


 ファルムの下ネタに慣れているとはいえ、リノはまだ子ども。エッチな本にうろたえてしまうのも無理はない。かくいう私も、バイト中ですらあのコーナーには近寄れない。

 サクレは興味深そうに周囲を見渡している。お姉さんに魔王としての生活を強いられていたから、商店のような場所とは無縁だったのだろう。


「さてと、茶番はそろそろ終わりにしようかしら。カナデを失望させないよう、ササッと目的を遂行するわよ」


「だったら最初からこんなコーナーに立ち寄らないでください」


「……年齢的に、ファルムなら……買えない、こともない……」


 和気あいあいとした雰囲気の三人を見ていると、心がほっこりする。

 成人誌コーナーの前というのが、なんとも言えないけど。

 この後、三人は売り場を見て周り、無事に味噌と玉子を確保した。

 最後にお菓子売り場へ赴き、多数の候補を前に頭を悩ませている。


「当然だけど食べたことない物ばかりだから、さすがに難しいわね」


「みんなで分けられるとなると、スナック菓子が打倒じゃないですか?」


「……クセのない味が、いいと思う……」


 今回はおつかいという行為そのものが目的だから一つに絞ってもらうけど、本音を言うと私の所持金が許す限り、好きなだけ買ってあげたい。


「あたしは特にこだわりがないから、あんたたちで相談して決めなさい」


「へぇ、珍しいですね。いつもなら独断専行しそうなのに」


「言うまでもないけど、カナデの料理よりおいしい食べ物なんて存在しないわ。確かにどれも興味はそそられるけど、どうしても食べたいって気持ちにはならないのよ。だから、今回は余計な時間を費やさないためにも、判断を任せてあげるわ」


「……余も、同感……カナデが、作ってくれる物……なによりも、おいしい……」


「それはボクだって同じ意見ですけど、三人で相談して決めるというのも重要なんじゃないですか?」


 どうしよう、目頭が熱くなってきた。

 いますぐにでも三人を抱きしめて感謝を伝えたい。

 いやいや、ここで私が合流したら企画倒れというもの。

 グッと堪えて、最後まで見届けよう。


「無能でクソザコなメスガキにしては一理あるわね。悔しいけど、反論の余地がないわ」


「一言どころじゃなく余計ですよ」


「……どれに、する……?」


 パッケージに目を通したり、商品を手に取って原材料や内容量を確認したり。

仲よく話し合った結果、無事に購入する物を決定する。

 魔法によって補填された生活知識というのは伊達ではなく、会計は呆気ないほどに難なく済ませられた。

 コンビニを後にして帰路につき、数分ほどで到着。

 事前に渡しておいた鍵を使い、開錠して家の中へ。

 扉が閉まるのを見届け、ホッと胸を撫で下ろしつつ私も続く。


「ふふんっ、あたしにかかれば簡単だったわ!」


「大人向けのコーナーに立ち寄ったときは焦りましたけどね」


「……ちゃんと、できた……」


 三人が買って来てくれたお菓子を大皿に広げ、みんなでちゃぶ台を囲んで団らんする。

 一部始終をしっかり見させてもらった私は、感動を隠し切れず、心の赴くままに三人を褒めちぎった。

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