32話 捕らぬ狸の皮算用
「カナデ! ちょっと相談したいことがあるわ!」
晩ごはんを食べ終えて食器を洗い、リビングに顔を出した途端にファルムが駆け寄ってきた。
黄金の瞳はキラキラと輝いていて、表情も明るい。相談と言っても、暗い内容ではないらしい。
「うん、もちろんいいよ。立ち話もなんだから、とりあえず座ろうか」
食後のお茶を用意して、ちゃぶ台を横目に向き合って腰を下ろす。
リノとサクレもファルムの相談事に興味があるようで、静かにこちらの様子を眺めている。
「さっそく本題に入るわね。カナデへのセクハラは、どの程度ならスキンシップとして受け入れてもらえるのかしら?」
「え?」
「あたしは一日でも早く、カナデと触れ合って濃密にイチャイチャしたいと思ってるわ。ただ、無理やり襲わないという約束を反故にするつもりもないのよ。だからいまのうちに、カナデの許容範囲について理解を深めておきたいの」
「そんなに難しく考えなくても、よほどのことじゃなければ受け入れるよ。私としても、友達とのスキンシップって憧れだから」
悲しいことに、私はファルムたち以外に友達がいない。学校では常に一人だし、仲睦まじくふざけ合ったり弁当のおかずを交換するなんてことも起こり得ない。
いまは家にみんながいるから、それを励みに孤独な時間を乗り越えられる。
「つまり、服に手を突っ込んで生おっぱいを触るのも大歓迎ってことね! 参考になったわ! 相談に乗ってくれてありがとう、近いうちにカナデの憧れを実現させるわよ!」
「ちょっ、ちょっと待って!」
晴れ渡った表情で立ち上がろうとするファルムの肩を押さえ、再び座らせる。
自分が紛らわしいことを言ってしまったのも悪いけど、これは話を続ける必要がありそうだ。
「ん、なにかしら?」
ファルムは不思議そうに首を傾げる。
嘘が苦手なのはこの場にいる全員が知っている。とぼけているわけではなく、本気で分かっていないんだ。
「もうちょっとだけ、軽い触れ合いに留めてもらってもいい?」
「あぁ、そういうことね。お安い御用よ。じゃあ、パンツを脱がして股間をまさぐるのはどう?」
「私の話、聞いてた?」
さっきより過激化した内容に、そばで聞き耳を立てるリノとサクレも呆れたような溜息を漏らす。
でも、ファルムに悪気はないんだと思う。
「確かに、いきなりパンツを脱がせたら足を引っかけて転ぶかもしれないわね。あたしが瞬時に支えるとはいえ、怖い思いをさせるわけにはいかないわ」
ふむふむと首を縦に振るファルム。納得してくれたのは嬉しいけど、伝えたかった意図と少なからず違っている。
「だったら、扉を破壊して使用中のトイレに突入するのはいいかしら?」
「なに一つとしてよくないよ。扉を壊すのもそうだし、前提として使用中に入ろうとしないで」
「うーん、なかなか難しいわね」
ファルムは眉をひそめ、口をへの字に曲げた。
その様子から、いかに真剣なのかがひしひしと伝わってくる。
「ワガママ言ってごめんね。だけど、もう少しだけ妥協してほしいな」
「だったら、服の上から触るのはどう? おっぱいだけじゃなくて、お尻とかお腹もお願いするわ!」
「服の上から……うんっ、それなら平気!」
わずかばかりの思案を巡らせてから、問題なしと判断して承諾する。
「やったわ! よーし、ヘタレ脱却を目指して頑張るわよ! 一分一秒でも早く、カナデとイチャイチャしてやるんだから!」
グッと拳を握り、声高々に宣言する。
私としても待ち遠しいんだけど、実現はまだ先になるんじゃないかと、心のどこかで感じてしまう。
「捕らぬ狸の皮算用、でしたっけ。いまのファルムさんを見ていたら、ふと頭に浮かびましたよ」
「……言い得て、妙……」
日本のことわざを持ち出して、共感し合うリノとサクレ。
ごめん、ファルム。応援したいのは山々なのに、私も二人の意見に寄ってしまう。
「ファルム、やっぱり前言撤回するね。どんなにひどいセクハラでも、スキンシップとして受け入れる。だからあれこれ考えず、遠慮せずに好きなことをしていいよ」
お詫びとばかりに、手のひらを反して答えを変える。
「っ!? 言質は取ったわよ! いまさら後悔しても遅いんだから!」
「で、でも、あんまり痛いことはしないでね?」
ファルムのことは心底信頼している。実際のところ、なにをされても怒ったりはしないだろう。
だけど、痛みとか苦しみは、できれば避けたい。
「当たり前よ! そもそもカナデが本気で嫌がるようなことはしないわ。あたしはカナデとの仲を深めたいだけなんだから、嫌だと思ったらすぐ言いなさい。まぁ、拒まれない限りは一切自重しないと宣言しておくわ」
「ファルム……」
特筆して感動を覚えるような内容ではないはずなのに、胸が熱くなる。
なぜだろう。運動した後みたいにドキドキしてきた。
「相変わらず目に見えては進展しませんけど、面白くなってきましたね~」
「……今後が、楽しみ……」
声につられて二人を一瞥すると、ニヤニヤと含みのある表情でこちらを見ている。
「想像したら我慢できなくなってきたわ! カナデ、セックスするわよ!」
「さてと、お茶のおかわりでも淹れようかな」
相変わらずのセリフが飛び出したところで、急須を手にして台所へ向かう。
自覚がないだけで体調が悪いのだろうか。顔が熱く、胸の高鳴りも収まらない。
普段は適当に受け流して終わるのに、今日はうっかり頭に思い浮かべてしまった。
いつか本当に、ファルムと……そういうことを、するときが来るのかな。
そんなことを考えながら、リビングに戻る。
「あら、なんか嬉しそうね。茶柱でも立ったのかしら?」
「ううん、なんでもないよ」
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