31話 いつになく観察されている
休日の朝。目を覚まして隣を見ると、正座したファルムが真剣な眼差しで私のことを凝視していた。
さすがに動揺して体が強張り、朝のあいさつも少し声が上擦ってしまう。
「やっぱり、寝起きの姿もかわいいとしか言いようがないわね。眩しい日差しにうっすらと開けられた目といい、陽光を受けてキラキラと輝く睫毛といい、この一瞬を切り取れば芸術として確立することはまず間違いないわ」
「えっと……なんの遊び?」
寝起きでいきなり淡々とべた褒めされ、心の中がむず痒くて仕方ない。
ファルムがお世辞ではなく本心で言ってくれているのだと知っているから、ことさら照れてしまう。
私をどれだけ赤面させられるか、という新手の遊戯だろうか。
「あ、気にしなくていいわよ。いつまでも自分の欠点から目を背けるわけにもいかないから、接触が無理ならまずはひたすら観察して、視覚から慣らしていくことにしたのよ」
「へぇ、そうなんだ」
気にしなくていいと言われても、こうまじまじと見つめられたら否が応にも気になる。
でも、ファルムはヘタレを克服しようとしているんだ。欠点の克服を目標に掲げることはできても、それを実行に移すのはわりと難しい。
とてつもなく恥ずかしいけど、ここは一つ、ファルムの頑張りを応援しよう。
――なんて気楽に考えていたものの、朝食後に後悔することとなった。
バイトに行く時間まであと少し。
下腹部を露出させて便座に腰を下ろす私の眼前には、さも当然のようにファルムが仁王立ちしている。
「ね、ねぇ、ファルム。さすがにトイレのときぐらい、一人にしてもらえないかな?」
「カナデ、今日だけは許してちょうだい。あたしが心の成長を遂げるために必要なことなのよ」
「うぅっ」
いつも高飛車なファルムが、手を体の横でそろえ、深々と頭を下げた。
小さな体で、見事なまでに礼儀を尽くしている。
その位置で頭を下げられると私の大事なところが目の前に来るから、勘弁してほしいという気持ちもあるけど……。
誠意に負け、今回だけは同室を受け入れる。
「ありがとう、カナデ。今回の経験を糧に、必ず成長すると誓うわ!」
「う、うん、頑張ってね」
立派な心意気だと感心せざるを得ない。
ただ、この場所でさえなければなぁ……。
寝起き姿はいつものこととして、排泄まで解説付きで観察され、未だかつて味わったことのない羞恥心を抱いたままバイトに赴く。
空は青く澄み渡り、空気は新鮮そのもの。住宅街だけど公園を始めとして自然がそれなりに残っているため、深呼吸をすると気分がリフレッシュされる。
バイトと言えば、先週から制服が変わった。
通常の制服とエプロンが選べるようになり、私は迷わず後者を選択。以前とは違って胸のせいで着用に手間取ることもなくなり、バイトにおける数少ない懸念が一つ解消される。
休日の朝は来客数が多く、加えて商品の補充や清掃など、あっという間に時間が過ぎていく。
帰宅すると、いつものように三人が出迎えてくれた。ファルムは朝に引き続き、普段以上に視線を送ってくる。
常に凝視されたり、聞いている側が恥ずかしくなるような解説を添えられたりして、気付いた頃にはすっかり夜になっていた。
昼食の際は料理中にまじまじと見つめられ、夕食のときは食べているところをつぶさに観察され。
そしていま、脱衣所においても例外ではなく。
毎日一緒に入浴しているのだから、トイレと比べれば何倍も気持ちが楽だ。
「相変わらず見事なまでのきめ細やかな肌だわ。陶器のような、という例えがしっくりくる。それでいて見るからに瑞々しく、贅肉がないにもかかわらず柔らかな質感であることが一目瞭然。加えて、この世の理に反逆するかのごとくツンと上を向く規格外の爆乳。その迫力たるや、ただそこに存在しているだけで圧倒されてしまうほどに凄まじい……っ!」
迫真の顔で長々と絶賛され、まだシャワーも浴びてないのに体が火照ってしまう。
「ベラベラしゃべってないで、さっさと脱いだらどうですか」
呆れ顔のリノに促され、「メスガキは黙りなさい」と悪態をつきつつも脱衣を始めるファルム。
私から言わせてもらえば、ファルムの方が圧倒的に美しい。
顔立ちは幼く体は未成熟なのに、女体の魅力というものをひしひしと感じさせられる。
ファルムを真似て解説してみようかとも思ったけど……いろいろと危ない気がするので、心の中に留めておく。
「……カナデ、ありがとう……余の、体……洗いにくい、のに……」
「どういたしまして。好きでやってることだから、気にしなくていいよ。私の方こそ、体を預けてくれてありがとう」
確かにサクレの体を洗うときは、ファルムやリノと比べて手順が増える。
とはいえ、断じてそれを面倒だと思ったことはない。
小柄な体躯に反して豊かな乳房を持ち上げ、先端部分を指で優しく刺激する。しばらく続けていると、内側に隠れていた乳頭が顔を出す。
陥没乳首はケアを怠ると感染症などのリスクが伴うらしいので、指の腹を使って念入りに洗う。
もしかしたら異世界出身のサクレには無用な心配なのかもしれないけど、体を清潔にして困ることはないはずだ。
ちなみに、こうしている間にもファルムは私をひたすら観察している。
「正直なところバカバカしいと思っていましたけど、ここまでくると信念のようなものすら感じますね」
「……ファルム、すごい……」
リノとサクレも、ファルムの強い意志に心を動かされている様子だ。
成果の程は別として、この試み自体が、ファルムの成長を促していると言ってもいいんじゃないだろうか。
長いようで短かった一日も、そろそろ終わる。
布団を並べて電気を消し、リノとサクレはしりとりで盛り上がっている。時折謎の単語が聞こえるのは、異世界特有の生き物とか道具とかを口にしているのだろう。
「カナデ、今日は本当にありがとう。目に見えてなにかが変わったわけじゃないけど、一歩前に進めた気がするわ」
「そう言ってもらえると、恥ずかしいのを我慢した甲斐があったよ」
ファルムと顔を見合わせながら、今日の感想を話す。
ここまで誰かに注目されるというのは初めてなので、私としても新鮮な経験だった。
それに、『かわいい』とか『きれい』と言われるのは、やっぱり嬉しい。
「改めて、カナデの体がいかにエロいか痛感したわ。古い言い方なのかもしれないけど、ドスケベボディという表現がしっくりくるわね。ほんとにもう、頭頂部から爪先に至るまで、どこを見ても劣情を催さずにはいられなかったわ」
「……おやすみ」
素気なく告げて、私は瞳を閉じた。
褒め言葉を選り好みするなんて失礼なのかもしれないけど、『エロい』という感想だけは勘弁してもらいたい。
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