29話 想像を絶する快感

「はぁ、ムラムラが止まらないわね。となれば、やることは一つ! カナデ、いますぐセックスするわよ! 足腰立たなくしてあげるから覚悟しなさい!」

 お風呂上り。もはや我が家の恒例と称して差し支えない下ネタが、リビング全体に響き渡る。

 ファルムと出会ってから、もう何度目になるだろう。『おはよう』や『おやすみ』に勝るとも劣らない頻度で耳にしているのは確実だ。

 当初は本心から拒んでいたものの、いまではファルムのプライドを守るために断っていると言っても過言ではない。


「……いまのまま、だと……一生、無理……」


 きっと悪気はなかったに違いない。サクレは火照った顔を手でパタパタと扇ぎながら、まるで何度もダイエット宣言して実行しない人に向けるような態度で一蹴した。


「ぷぷっ! 確かにそうですよね~。いやぁ、心の底から同感ですよぉ! どうせ行動に移せないんですから、いくら吠えても無駄ですって! あははっ、神々や魔王を脅かすほどの実力者だなんて思えない体たらくですね!」


 ここぞとばかりに、リノが見事なまでの煽りを見せる。

 わざとらしくお腹を押さえて笑い転げ、ファルムの視線が自分に向けられたことに気付くと、この上なく生意気そうな笑みを浮かべた。

 ファルムはピタッと動きを止めたかと思えば、わなわなと体を震わせて天井を仰ぐ。


「ふっ、ふふふっ、ふふっ……ふはははははっ! いいわよ、今日こそやってやるわ! これまで甘んじて耐えてきたヘタレという汚名、いまこそ返上してあげる!」


 吹っ切れたような、なにかが壊れたような高笑い。

 枷から解き放たれたかのような清々しい表情で、床に座る私をビシッと指差す。

 ついでに足元のリノが踏まれる。


「ぶげっ!」


「ほらメスガキ、邪魔だから部屋の隅にでも転がってなさい。サクレ、あんたもよ」


「チッ、人のことを踏んでおいて謝罪もなしですか……まぁいいです。お手並み拝見といきましょう」


「……ファルムの、気迫……とてつもなく、すごい……」


 流れるように事が運び、リノとサクレは壁際に並んで体育座りでこちらの様子を見守っている。

 ちゃぶ台も離れたところへ移され、ファルムは私の正面に立つ。


「最初に約束した通り、無理やり襲うようなことはしないわ。でも、今回ばかりは退きたくないの。あたしのこと、受け入れてくれるかしら?」


 ファルムの真剣な眼差しに、いままでにない意志の強さを感じる。

 間違いない。本気なんだ。

 ファルムは異世界から来たハイエルフ。生まれた世界も種族も、私とは違う。

 だけど、私にとってかけがえのない相手であることは疑う余地もない。

 ファルムと出会っていなければ、私の人生はどうなっていただろう。

 ファルムがいてくれるおかげで、どれほど毎日が充実しているだろう。

 ――答えなんて、とっくに決まっている。


「う、うん。ファルム、来て……」


 私は大切な人を迎えるべく、両手を広げて柔らかく微笑んだ――




 初めての経験に理性が飛ぶまで、そう時間はかからなかった。

 未だかつてない快感が全身を駆け巡り、緩んだ口角から唾液がこぼれる。


「あっ、んっ! はっ、はぁんっ! しゅ、しゅごいよぉっ❤ きっ、きもひいぃっ! ふぁるむっ、ふぁるむぅっ❤」


 脳が快楽にやられ、呂律が上手く回らない。

 頭の中にあるのは、ファルムのことだけ。もはや意思に関係なく、私という存在が細胞単位で彼女を求めている。


「ふふっ、いい鳴きっぷりよ! あたしも興奮するわ! ほらっ、ここがいいのよね! もっと喘ぎなさい! ほらっ、ほらっ!」


「んくっ、あぁんっ❤」


 挑発的な言葉をかけられて悔しい気持ちが生じるも、あまりの気持ちよさに体は無様なほどあっさりと屈服してしまう。

 せめてみっともなく漏れ出る声だけは抑えようとしたところで、無駄な努力として終わる。

 天国に昇るような極上の快感。

 本当にすごい。

 ファルムの――


「――それにしても、カナデって肩たたきでこんなにエッチな声を出すのね。あたしとしては嬉しいけど」


「だ、だって、気持ちいいんだもん……」


 激しくも慈しみのある行為を終え、ちゃぶ台を再びリビングの真ん中に持ってきて四人で囲む。

 ファルムが言う通り、思い返すと羞恥で死にそうなぐらい変な声を出してしまった。


「これでもう、ヘタレだなんて呼ばせないわよ。十数分にもわたってカナデの体に触れ続け、本人も認めるほどの快感を与えたんだから」


 ファルムは優雅に髪をかき上げ、ふふんと鼻を鳴らす。


「なんでそこまで威張れるんですかねー。呆れを通り越して、達観した気分になりますよ」


「……ある意味、立派……」


 リノはとてつもなく大きな溜息を漏らし、サクレは敬意のこもった視線をファルムに向ける。

 まぁ、うん。二人の感想は、至極もっともだよね。

 私だって、直前までは肩たたきされるなんて思ってもいなかった。

 残念なような、ホッとしたような。

 肩が信じられないぐらい軽くなったから、これはこれでよしとしよう。

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