28話 甘やかしなさいと言われても

 学校から帰って一息ついていると、ファルムが唐突に立ち上がって両手を腰に当て、わざとらしく「コホン」と咳払いをする。


「カナデ、今日はあたしを甘やかしなさい!」


「へ?」


 何事かと身構えたのが虚しく思えるほど、かわいらしいことを要求された。


「いい歳して恥ずかしくないんですか? だいたい、あなたはいつもカナデさんに甘えまくってるでしょう」


 リノが呆れながらファルムに苦言を呈する。

 見た目が幼女だからつい忘れがちだけど、ファルムは私どころか地球よりも高齢のハイエルフだ。


「メスガキは黙ってなさい! エロ同人フルコースを体験させてから鼻にワサビを練り込むわよ!」


 下ネタを多用するものの、精神年齢の方も外見に負けず劣らず幼い。


「うっ、毎度のことながら、なんて横暴な……。サクレさん、トランプでもやりましょうか」


 いつもなら反抗して煽り返すリノが、今回はおとなしい。

 というより、少し怖がっているようにも見える。もしかすると私が学校に行っている間に、ファルムが口にしたような目に遭っていたのだろうか。


「……うん、いいよ……余が、勝つけど……」


 サクレは自信満々にリノの挑戦を受ける。

 百合趣味な身としては、かわいい女の子が仲睦まじくしている光景は眼福の一言に尽きる。


「これで邪魔は入らないわ! さぁカナデ、思いっきりあたしを甘やかしなさい!」


「甘やかすって……具体的に、なにをすればいいの?」


「そうね、まずはおっぱいでも吸わせてもらおうかしら。うへへへ、じゅるり」


「やだ」


 どうせヘタレだから口先だけだろうと確信していても、ファルムが放つ危険な雰囲気は私からノータイムの返答を引き出した。

 胸を庇うように身を逸らし、ブラウスの上から腕で抑える。


「冗談よ。それはセックスするまで我慢するから安心しなさい。その時が来れば、乳首だけで何千回と絶頂させてあげるわ」


「う、うん」


 いまのセリフで、どう安心すればいいのだろう。


「とりあえず、膝枕してほしいわね」


 さっきとは打って変わって微笑ましい内容だ。

 正座のままでは首が痛いかと思い、脚を伸ばして太ももをポンと叩き、ファルムを招く。


「そ、そそそ、それじゃあ、し、失礼するわね」


 明らかに動揺しながら、石橋を叩くかのような慎重極まりない動きで横たわる。膝枕は健全だと思うけど、ファルムの認識では違うのかもしれない。

 ファルムの頭より先に、サラサラなプラチナブロンドの長髪が太ももを撫でた。


「ひゃんっ」


「な、なに喘いでるのよ! べべ、べつにエッチなことなんてしてないわよ!」


「ご、ごめん、ちょっとくすぐったくて――で、なんでこっち向きなの?」


ファルムは足の付け根に近い位置に、私の方を向いて頭を預けている。

 胸が邪魔をして顔は見えないけど、なんとなく凝視されているような気配を感じる。


「アソコの匂いを近くで堪能するために決まってるじゃない。ところで、カナデって胸以外は華奢よね。お尻もほどよく丸みを帯びてる程度だし。学校でちゃんとご飯食べてるのかしら? しっかり食べないとダメよ」


「言われなくても、ちゃんと食べてるよ」


 トイレにこもって、一人で黙々とね。

 というか、最初の方で聞き流してはいけないことを言われた気がする。


「ならいいわ。じゃあ、次は頭でも撫でてもらおうかしら」


 やっぱり、今日はいつもと少し違う。

 不思議に思いながらも、私はこの後もファルムの求めに応じ続けた。




 夜も更け、リノとサクレはそれぞれ自分の布団で寝息を立てている。

 私とファルムはまだ起きているけど、眠りに落ちるのも時間の問題だ。


「ファルム、今日はずいぶん甘えん坊だったね」


「まぁ、ね。二人きりじゃなくなってから、どうしても遠慮せざるを得ない場面が多かったじゃない。だから、たまにはって思ったのよ」


 遠慮……?

 普段の自由気ままな発言や行動を思い返し、つい無言になってしまう。


「メスガキたちが来てからの賑やかな生活も楽しいわ。これは紛れもない本音よ。でも、カナデに対する感情は特別な物なの。これからも迷惑をかけるのは確実だけど、ずっと一緒にいなさいよね」


「う、うん、もちろん」


 強い気持ちが込められた囁きに、否応なく鼓動が速まる。

 恋を知らない私には、これが好意によるものなのかは分からない。

 だけど、風邪のとき以上に心臓が激しく動いているのに、不安や恐怖は微塵もない。


「おやすみなさい。明日は朝からセックスするわよ」


「しないよ……おやすみ」


 こうして、就寝前の会話は終わりを迎えた。

 布団の中でお互いの手が触れ、なにも言わずにキュッと握る。

 いつもなら、すぐに意識がなくなるんだけどなぁ……。

 今日はなぜか、ドキドキして寝付けなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る