27話 寒いときは仕方ない

 眠りから覚め、まぶた越しにも感じる陽光に備えてゆっくりと目を開ける。

 早朝だからわずかに肌寒さを感じるけど、外はとてもいい天気だ。

 上半身を起こし、両手をうーんと伸ばす。この何気ない動作だけで、意識がハッキリと目覚める。


「おはよう」


 隣を見るとすでにファルムが起きていたので、いつも通りあいさつを投げかける。

 視線が明らかに私の胸部へ向けられているのは、いまさら騒ぐことではない。


「お、おはよう。きょっ、今日も抜群にエロい体してるわね、最高に興奮するわ」


 微塵も嬉しくない褒め言葉はともかく、どうにも様子がおかしい。

 目が合いそうになると不自然なほどに視線が泳ぐのに、それでもなおチラチラと私の胸を気にしている。


「いつも以上に怪しいけど、なにかあったの?」


「サラッと辛辣なこと言うわね。まぁそれはそれで快感だからべつにいいわ。質問の答えについては……言いにくいけど、乳首が勃ってるわよ。パジャマを突き破りそうなぐらいビンビンで、これはもう凝視するなって方が無理よ」


「む、昔から、寒いとすぐにこうなるの。気にしてるんだから、あんまり見ないで」


 私は慌てて胸の先端を手で隠す。

 パジャマ越しとはいえしっかり形が分かるぐらい硬くなっていて、羞恥心で顔が熱くなる。

 ナイトブラを着けていれば見られずに済むんだけど、以前お店で売っている中で一番大きいのを買って失敗して以来、寝るときだけはノーブラ派だ。

 悪いのは『いくらなんでも、これならキツくて壊れたりしないよね』なんて安易な考えで試着もせずに買った私なので、もしもまた購入することになったら今度はオーダーメイドにしよう。


「相変わらずデリカシー皆無ですね。同じ世界の出身として恥ずかしい限りですよ」


 いつの間にか起きて布団を畳み始めていたリノが、呆れ果てたようにつぶやく。

 私はリノにも「おはよう」と声をかけ、ファルムのデリカシーに関して同意する。


「事実なんだから仕方ないじゃない。それに、あたしだってわきまえるべきところはわきまえてるわよ」


「そうかなぁ?」


 これほどまで説得力を感じられない発言も珍しく、反射的に疑いの目を向けてしまう。


「カナデには刺激が強いかもしれないわね。メスガキ、ちょっとこっち来なさいよ」


「あなたはまともに人の名前も呼べないんですか。まったく、なんですか?」


 ファルムに呼ばれ、リノが私たちの布団を踏まないようにしてファルムの隣に回り込む。

 ぺたんと腰を下ろしたリノに、ファルムは私に背を向けて小声で耳打ちする。


「んなっ!?」


 内容は分からないけど、リノは爆発に近い勢いで顔を真っ赤にして、信じられないといった様子で口をパクパクさせた。

 そんな状態がしばらく続き、一通り話し終えたらしいファルムが姿勢を戻しつつ偉そうに腕を組む。


「ね、あたしの言った通りでしょ?」


「は、はい、そうですね。カナデさん、ファルムさんは最低限のデリカシーはわきまえています。あくまで相対的に、ですけど」


「へ、へぇ」


 煽るでも呆れるでもなく、リノが本気でドン引きしている。

 まるでゴミを見るかのような目でファルムを一瞥してから、立ち上がって洗面所に向かった。顔を洗いに行ったのだろう。

 心底気になるけど、詳細を聞くのは精神衛生上よくないと直感が告げているので、この件は忘れることにする。


「あ、そうだ。ファルム、私の胸に合うナイトブラって魔法で創れる?」


「任せなさい! カナデが頼ってくれるなんて、こんなに嬉しいことはないわ! 理想的なナイトブラを提供してあげるわよ!」


 面倒臭がるどころか喜ばれてしまった。

 きちんとお礼を言って、スマホで画像を検索して私の要望を伝える。

 すると、ファルムは相変わらずこともなげに無から有を生み出す。

 手渡された特製のナイトブラはふわふわした肌触りで、通気性もよさそうだ。

 さっそく試してみようと、パジャマを脱ぐ。


「なななっ、なにいきなり脱いでるのよ!?」


「え? だって、脱がないと着けられないよ」


「だからって、そんな大胆な……も、もしかして誘ってる!?」


「違うよ」


 ブラを着けるためだって言っているのに、例のごとく愉快な発想をする。

 いまの大声でサクレが起きてしまったんじゃないかと心配になったけど、まだすやすや眠っていて安心した。


「おぉ~、これはすごい。ファルム、ありがとうっ」


 ファルム特製ノンワイヤータイプのナイトブラは、着け心地が市販の物とは一線を画している。

 締め付けられている感じはなく、それでいてしっかりと支えてくれて、胸がなくなったみたいに体が軽い。


「これぐらい造作もな――しまった! あたしとしたことが、とんでもないミスだわ!」


「ど、どうしたの?」


「せっかくだから感度を上げたりあたしに抱かれたくなる効果を付与すればよかったのに、つい普通に創ってしまったのよ!」


「ふぅん」


 感謝で温まっていた心が一瞬で冷め、私はパジャマを着直して布団から離れ、カーテンを開けに行った。

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