24話 私ってチョロい?

 サクレが来た翌朝。

 これまでより多めに食事を用意して、賑やかに食卓を囲んだ。

 ファルムとリノは相変わらず煽り合っているけど、一種のコミュニケーションだと分かっているので安心して見ていられる。

 サクレは会話に慣れていないらしく話し方はゆっくりだけど、決して無口なわけではない。


「それじゃあ、行ってくるね」


 三人に見送られながら家を出て、学校へと向かう。

 漫然とした気分のまま、ただ時間だけが過ぎていく。

 学校に嫌な思い出があるわけでもなければ、イジメを受けているわけでもない。

 むしろ明るい校風で校則もそれほど厳しくなく、女子校でありがちな派閥みたいなものの噂も聞かない。

 だけど、友達がいない私にとっては、退屈極まりない場所だ。

 最初の頃は一緒にお昼を食べようと誘ったこともあったけど、心底ビックリした顔で断られてしまい、いまでは昼休みの開始と同時に弁当を持ち、トイレに駆け込んで一人寂しく食べている。


「――あっ、ハンカチ落としたよ」


 ご飯を食べ終えて教室に戻る途中、前を歩いていた子がハンカチを落とした。

 本人が気付いていないようだったので、拾って手渡そうと呼び止める。

 向こうは覚えてくれてるか分からないけど、同じクラスで席も近い。これをきっかけに、仲よくなれたりするかもしれない。


「へ? ほ、本堂さん!? あっ、ありがとうございます! つ、次から気を付けます!」


「う、うん、でも――」


 クラスメイトなんだから、そんなにかしこまらなくていいのに。

 言いたいことの半分も口にしない間に、駆け足で去ってしまった。

 もしかして私、怖がられてる?

 だけど、さっきの子は妙に顔が赤かった気がする。

 怖がられているんだったら青ざめているはず。

 となると、怒ってるのかな?

 いや、でも、反感を買うようなことはなにもしていないと思う。

 悶々と悩みながら教室に戻ると、先ほどのクラスメイトが友達と楽しそうに話していた。

 ハンカチとか宝物とか聞こえてきたから、大切な品だったのかもしれない。

 善行をした気持ちになって、ちょっと嬉しくなる。




 いつも通り放課後になるや否や迅速に学校を後にし、みんなが待つ我が家へ直帰する。

 靴を脱いで廊下に上がると、三人そろって私を迎えてくれた。

 これが日常なんだと分かっていても、幸せすぎて感極まってしまう。


「カナデ、今日もご苦労だったわね。帰宅してすぐにやることと言えば、もちろんセックスよね!」


「手洗いとうがいかな」


 ファルムのセクハラをあしらいつつ、洗面所に向かう。

 カバンを置いたりブレザーをハンガーにかけたり、一通り済ませてから人数分のお茶を用意してちゃぶ台の前に座る。


「ふぅ、やっぱり緑茶だよね~」


 熱々のお茶を一口すすり、恍惚の溜息を漏らす。


「落ち着きますね」


「……おいしい……」


「お茶もいいけど、カナデのおっぱいを吸いたいわね」


「吸ってもなにも出ないよ?」


「甘いわね。おっぱいを吸うという行為自体に価値があるのよ」


 目が本気だ。


「ぷぷっ、年長者のくせに赤ちゃんみたいなこと言ってますね~」


「ふっ、小便臭いメスガキがなにかほざいてるわね」


「……余のおっぱい、吸う……?」


「あんたのじゃ意味ないわ。カナデのだからこそ吸いたいのよ」


 何気なく発されたその言葉が、不思議なほど私の心を動かした。


「す、吸っても、いいよ」


「ふぇっ!? なっ、ななな、なに言ってんのよバカ! もっと自分の体を大事にしなさい! 親御さんが泣くわよ!」


「でも、ファルムは吸いたいんだよね? 私はファルムのこと信頼してるし、感謝もしてる。だから……」


 恥ずかしいけど、頑なに拒むほど嫌ってわけではない。


「カナデさん、待ってください。ボクがとやかく言うことじゃないですけど、もうちょっと冷静に考えた方がいいですよ」


 やれやれといった様子で、リノがジト目を向けてくる。

 そう言われると、確かに軽率だったかもしれない。


「ご、ごめんファルム、いまのは忘れて!」


 改めて考えると、尋常じゃなく恥ずかしくなってきた。

 とんでもなく大胆なことを言ってしまったと深く反省する。


「仕方ないわね。無理やり襲わないって約束だから、次の機会を楽しみにしておくわ」


 ファルムが髪をかき上げ、余裕を誇示するように告げた。


「……ファルム、安心してる……?」


「口先だけのヘタレですからね。失態を晒さずに済んで安心してるんですよ」


 うん、私もそう思った。

 ただ……迂闊な発言だったとは思うけど、心のどこかでは、ガッカリしたような気もする。

 私って、もしかしてチョロい?

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