22話 なにはともあれ

 私たち四人は、ちゃぶ台を囲んでお茶を飲みながら雑談に花を咲かせていた。

 ずっと全裸というわけにもいかないので、サクレはファルムが魔法で用意した服を着ている。

 ぶかぶかのパーカーと紐みたいな下着という組み合わせで、とても外に出られるような格好ではない。サクレ本人は気に入ったみたいだから、私も文句は言わないけど。


「ところでサクレさん、あなたほどの実力者がなぜこの世界に来たんですか?」


「……お姉ちゃん、倒された……だから、あなたに……罪滅ぼし、したくて……」


「もしよければ、詳しく話してもらえますか?」


「……うん、分かった……」


 そして、サクレはゆっくりと、異世界での出来事とここまでの経緯を話し始めた。




 一通り話を聞き終え、のどの渇きに気付いてあおるようにお茶を飲み干す。

 サクレの説明を私なりにまとめてみる。

 まず、サクレはお姉さんの指示で魔王を名乗り、言われるがままに魔王軍を率いていた。

 実質的なトップであるお姉さんは、聞くに堪えないほど極悪非道だった。サクレは物心ついた頃から暴力を振るわれ、普通の人間だったら簡単に死ぬような惨い仕打ちも日常茶飯事。

 先日の戦いで、最強の騎士として名を轟かせていたリノがサクレに惨敗し、もう脅威となる者はいないと油断していた魔王軍に各国の騎士団が集結して玉砕覚悟で押し寄せる。

 騒乱の中でサクレのお姉さんは不意打ちを受け、倒されてしまう。

 魔王を名乗る理由がなくなったサクレは、自分が瀕死の重傷を負わせたリノが転生魔法を使ってこの世界に来たのを察知していたので、謝るために自分も後を追った。

 そしていま、生まれて初めて血生臭さと無縁の時間を過ごしている。


「――みんなでトランプやるわよ!」


 ファルムが突然大声を上げ、束の間の静寂を破った。

 同時に、創造魔法によりシンプルなデザインのトランプがちゃぶ台の上に出現する。

 突拍子もない提案だけど、ファルムなりに雰囲気を明るくしようとしてくれたのかもしれない。


「……トランプ、やりたい……」


 サクレがトランプを見て瞳を輝かせている。

 生い立ちを考えると、娯楽に興じたことなんて一度もなかったのだろう。


「それじゃあ、無難にババ抜きからやろうか」


 ファルムたちは生活に最低限必要な知識は備わっていると言っていた。誰もトランプに疑問を持たないあたり、ルールも把握していると見て間違いない。

 もし分からないことがあっても、私が説明すればいいだけだ。

 家族以外とトランプなんて初めてだから、否応なくテンションが上がる。

 率先してトランプを手に取り、ジョーカーを一枚除いてシャッフル。

 私からファルム、サクレ、リノと時計回りに配っていく。


「サクレさん、覚悟してください。今度はボクが、トランプで敗北の味を教えてあげますよ!」


「……やっぱり、怒ってる……?」


「じょ、冗談ですよ! 察してください!」


「安心しなさい。あたしが全員まとめて葬ってあげるわ」


「私だって負けないよ」


 配り終えて、自分の手札を確認。

 いきなりババと対面して動揺しそうになるけど、自分の手番でババを引くことがないわけだから、焦る必要はない。

 じゃんけんで順番を決め、ファルムから時計回りでスタート。


「これよ!」


 ファルムは私の手札から、迷うことなくババを引き抜いた。


「やったっ」


 つい声が漏れてしまい、反省する。

 私が喜びを露わにした以上、ババの所在は明白だ。


「……ん……」


 サクレは無表情ながらも、わずかに悩んでから手を伸ばす。

 ペアになったカードを場に出したことで、ババが移動していないことが証明された。


「ぷぷっ。ババも誰の手元にあるのが妥当か、よーく分かってるみたいですね~」


 リノが適当にサクレからカードを引きつつ、ファルムを一瞥して不敵に笑う。


「どういう意味かしら? 年齢のことを言いたいなら、下の口に拳を捻じ込むわよ」


「さ、さぁカナデさん、お好きなカードをどうぞ!」


 ファルムの殺気がこもった視線から逃れるように、リノが手札を私に向ける。


「うーん……これかな?」


 引いたのはハートの4。手持ちのダイヤの4と合わせて場に出す。

 いい流れだ。このまま順調に進めば、一位も夢じゃない。




 かれこれ二時間が経った。

 最初の一戦は私が制し、続く二回戦はサクレが優勝。

 他にも七並べや大富豪など、一通り遊んだ。

 勝率は全員同じぐらい。私がファルムたちと互角に戦えているなんて、それが遊びであっても少なからず誇らしく思える。

 そろそろお風呂に入ろうという話をする頃には、サクレもすっかりみんなに馴染んでいた。

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