21話 魔王
夕食後。食器を洗い終えてリビングに戻るや否や、インターホンが鳴らされた。
こんな時間に誰だろうと思いつつ、玄関に向かう。
「はーい」
扉を開くと、そこには黒いローブに身を包んだ少女がいた。
背丈はファルムたちと大差ない。ローブから覗く肌は驚くほどに白く、顔立ちは現実離れして整っている。
「……話、したい。中に……いる、よね……」
鈴を転がしたような、聞き心地がよく愛らしい声だ。
上目遣いで私の目を見据える瞳は、ファルムと同じ黄金の輝きを放っている。
「寒かったよね。中は温かいから、ゆっくりしてね」
敵意みたいなものは感じない。
私は直感でファルムやリノちゃんと同じ世界から来たのだと察し、家に招き入れた。
「お客さんが来たよ。多分、ファルムたちと同じ世界から来たんじゃないかな」
「……見つけた。やっぱり……あのときの、人……」
謎の客人はリビングに足を踏み入れると同時に、確かにリノちゃんを見てそう言った。
「こいつ……っ! カナデさん、こいつは魔王です! 気を付けてください!」
「えっ?」
「あたしがいるんだから、カナデは怖がらなくていいわよ」
驚きの声を漏らす間に、私はいつの間にかファルムの背後に移動していた。魔法による所業であることは明白だ。
「ファルムさん、いますぐあのローブを次元の狭間にでも消し飛ばしてください。あれはボクの聖剣と同じ神話級のアーティファクトです」
「あんたの言いなりってのは気に食わないけど、まぁいいわ」
直後、魔王と呼ばれた少女がまとっていた黒いローブが消失する。
素肌に直接羽織っていたらしく、一糸まとわぬ姿がさらけ出された。
小学生~中学生ぐらいの体躯。身長に反して胸の発育がよく、高校生と比べても決して小さくはない。
ハーフアップに結われたセミロングの髪はキラキラと輝く白銀色。
アニメやマンガでたまに見る、いわゆるロリ巨乳と呼ばれるような体型だ。
裸を見られているというのに、眉一つ動いていない。
「……そこの、水色の人……前に、余を……倒しに、来たよね……?」
「そうですよ。返り討ちで瀕死になって転生魔法に頼る羽目になりましたけどね」
リノちゃんは虚空から出現させた聖剣を構え、私にも分かるぐらい敵意を剥き出しにして対峙している。
この世界に来た経緯を考えれば、リノちゃんが殺気立つのも道理だ。
大切な友達を傷付けた相手だと思うと、私も穏やかな気持ちではいられない。
ファルムもリノちゃんの心境を察しているようで、自分から動こうとはせず、私を庇うような位置で座ったままだ。
いざというときになにもできないのが情けないけど、私が足手まといなのは痛いほど分かっている。
下手に口出しせず、まずは成り行きを見守る。
「……あのときは……ごめん、なさい……」
「……え?」
仇敵にぺこりと頭を下げられ、さすがのリノちゃんも呆気に取られてしまった。
ファルムも私も、同様に呆然としている。
「……あなたのこと、傷付けた……だから、余のこと……気が済むまで、傷付けて……」
「へぇ。悪名で言えばファルムさんより有名な魔王サクレが、無抵抗で好きなだけ攻撃させてくれると?」
「……うん。……再生する、から……死ぬのは、無理だけど……許して、もらえなくても……あなたの、好きに……して、ほしい……」
魔王――サクレちゃんは、無抵抗を示すように両手を後ろで組んだ。
「そうですか。だったら、遠慮はしませんよ」
リノちゃんはゆっくりと歩み寄る。
途中で手放された聖剣は、光の粒子となって霧散した。
「……本当に、ごめんなさい……」
サクレちゃんは覚悟を決めたように瞳を閉じる。
「それでは――」
パシィィィンッッ!
肌と肌が激しくぶつかる乾いた音が響き、サクレちゃんの豊かな乳房が衝撃に伴って揺れ弾む。
そう。リノちゃんは両手を大きく振りかぶり、サクレちゃんの胸を平手打ちした。
「ふぅ、スッキリしました。ボクと背が変わらないくせに倍以上も大きいから、イライラしてたんですよね」
リノちゃんはファルムと言い争うときのような口調で、肩をすくめながらつぶやく。
サクレちゃんが謝罪を口にしたその瞬間から、リノちゃんが放っていた殺気や威圧感は消えていた。
血が流れるようなことはないだろうと確信していたけど、まさか胸を叩くとは。
「……イライラ……これ、切り落とす……?」
サクレちゃんは視線を眼下に向け、物騒な発言をする。
「やめてください。カナデさんにそんなグロシーンを見せるわけにはいきませんよ。だいたい、そんなことされたらボクが惨めになるだけです」
「……そう、なの……? 分かった……ごめん、なさい……」
「謝らなくていいですよ。べつにもう怒ってないですから」
「……本当、に……? 許して、くれるの……?」
「本音を言うと、この世界に来たときはいつか絶対ブチ殺してやるって思ってました。でも、あなたと戦ってなかったら、カナデさんとは出会えていません。ボクはいまの生活を楽しんでいますし、あなたもちゃんと謝ってくれました。罰も甘んじて受け入れたんですから、水に流してあげますよ」
リノちゃんはちょっと照れ臭そうにそう言うと、ちゃぶ台の前に腰を下ろして飲みかけのお茶をすすった。
「短気なメスガキにしては寛容な判断ね」
「ボクはあなたと違って器が大きいんですよ」
「はぁ? 全身の皮膚削ぎ落として塩を塗りたくるわよ?」
「あなたの方がよっぽど短気じゃないですか」
いつものやり取りが行われ、すっかり私の気も緩む。
「サクレちゃんは行く当てがあるの? もしなかったら、ここで一緒に暮らさない?」
「出たわね、カナデのお人好しが」
「まぁ、いまさら驚くことでもないですね」
うっ、二人がジト目で見てくる。
「……いい、の……?」
「もちろん」
「ただし、カナデはあたしの嫁よ! 色目使ったら許さないんだからね!」
「色ボケエロエルフの戯言はさておき、カナデさんに迷惑をかけないようにだけ気を付けてください」
ファルムとリノちゃんが私を慮ってくれていることを嬉しく思いつつ、新たな同居人を歓迎する。
「……ありがとう……余は、サクレ……呼び捨てで、いい……」
「よろしくね、サクレっ」
「あっ、ズルいです! カナデさん、ボクも呼び捨てにしてください!」
「うん、分かったよリノ」
「あたしは様付けでもいいわよ?」
「それはやだ」
「……ふふっ」
いまのやり取りが受けたのだろうか。
不意に、サクレが笑いを漏らした。
魔王と聞いたときはさすがに驚いたけど、より一層賑やかになって嬉しい。
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