20話 下ネタ禁止……からの?

 目が覚めると、ファルムがニヤニヤしながら私を見ていた。


「んぅ……おはよう、ふぁるむ」


「おはようカナデ! 朝から素敵な寝顔を見せてもらったわ! ところで、口から漏れてるよだれ、舐めてもいいかしら?」


 私はハッとなり、慌てて唾液を拭う。


「もう、人の寝顔を見るなんて趣味悪いよ」


「あんたがかわいすぎるから悪いのよ」


 さも当然のように発された言葉に、不覚にも喜んでしまった。

 これまでの人生でかわいいなんて親以外から言われた経験がないから、お世辞だとしても嬉しい。


「あ、ありがとう」


「さて、と。今日はいい天気だし、とりあえずセックスするわよ」


 ファルムは太陽のような笑顔で白い歯を覗かせ、実に爽やかな口調でそう言った。


「そんなラジオ体操みたいなノリでしたくないよ……」


 相変わらずの言動に呆れつつ、上体を起こして伸びをする。


「カナデさん、おはようございます」


 リノちゃんも目を覚まし、目をこすりながら起き上がった。


「おはよう。ごめん、起こしちゃった?」


「いえ、カナデさんのせいじゃないです。悪いのは全部、朝早くから下品な言葉を垂れ流すエロエルフですから」


「はぁ? ケンカ売ってんの? 永眠させてほしいなら素直にそう言いなさいよ。それとも、死ぬ方がマシってほどの恥辱を味わわせてあげようかしら?」


 血の気が多すぎる。

 まぁまぁとファルムをなだめつつ、スマホで時間を確認。思ったより早い時間だったけど、二度寝する気分ではない。


「ファルムさんって、下品な発言を控えて話せないんですか? あんまり汚いことばかり言っていると、カナデさんに愛想を尽かされますよ」


「あたしを舐め腐るのも大概にしなさい。そんなの、やろうと思えば余裕でできるわ」


「へぇ、自信だけは一丁前ですね。だったら一つ、ゲームをしましょうよ。いまから一時間、下ネタ禁止で話せたらファルムさんの勝ちです」


「無駄な戯れね……だけど乗ってあげるわ! ただし、あたしが勝ったらカナデの恥ずかしい写真を撮らせてもらうわよ!」


「えっ!? ま、まぁ、べつにいいけど」


 ファルムには悪いけど、勝敗は目に見えている。

 ケンカに発展しそうな雰囲気だったし、三人で遊ぶ流れに持って行けるのなら甘んじて受け入れよう。


「安心してください、カナデさん。どうせ数分もしないうちに結果が出ますよ」


「ふっ、それはどうかしらね?」


 余裕たっぷりに笑うファルム。

 私もリノちゃんと同意見だとは、とても言えない。




 布団を畳んで洗顔を済ませてから、ちゃぶ台の周りに腰を下ろした。

 今日も平日だから学校があるけど、一時間ぐらいなら遊びに使っても問題ない。


「それでは、いまからスタートです。言っておきますけど、黙り込むのは反則ですよ」


 ちゃぶ台の中央に置かれたスマホは、キッチンタイマーとして機能している。

 こういう遊びは当然ながら初めてで、実はさっきからワクワクが止まらない。


「分かってるわよ。なんなら、一時間ぶっ通しで話し続けてあげるわ」


 いざゲームが始まっても、ファルムの自信は健在だ。

 リノちゃんが下ネタに誘導するような質問をぶつけてみても、普通に返答している。

 私もちょっとイジワルな話を振ったけど、期待した成果は得られなかった。

 それどころか、「あたしはカナデを幸せにするわ。未来永劫、この気持ちは変わらない」と真剣な態度で言われ、あまりの嬉しさと気恥ずかしさで顔が真っ赤になってしまう。

 いつものエッチな言動が嘘かのように、何事もなく十分が経過した。




 まさかこんな展開になるなんて、誰が予想していただろう。

 いや、私もリノちゃんも、まったく想定していなかった。

 ゲーム終了まで残り一分。

 ゲームがまだ続いているということは、ファルムが未だに下ネタを発していないということだ。

 ここに至るまで途中で沈黙を挟むことなく、この世界で興味がある文化や娯楽、好きな作品のジャンルなど、いろいろな話題で盛り上がった。

 異世界のことも、私が理解できる範囲で教えてもらった。

 にもかかわらず、ゲーム終了間近のこの瞬間までまったく危なげなく、和気あいあいと談笑できている。

 文句なく楽しいからべつに悪いことではないんだけど……このままだと、恥ずかしい写真を撮られてしまう!


「もし願いが叶うとしたら、ファルムさんはなにを望みますか?」


 リノちゃんがまくし立てるように問いを投げる。

 残り時間を考慮すると、これが最後の質問だ。


「あたしに叶えられないことなんてないけど……カナデと幸せに添い遂げる。他にはないわね」


 感動で私の心臓が強く脈打つのと同時に、ゲーム終了を告げるアラームが鳴り響く。

 初期設定だったのか、それとも操作したのか。奇しくもその音色は、ウェディングベルだった。


「くっ、ボクが負けるなんて! なんですかファルムさん! 普通に話せるじゃないですか!」


「だから言ったじゃない。勝利を確信していたメスガキの顔が徐々に焦りで歪む様子、実に愉快だったわ! そして、ようやくカナデのエッチな写真が撮れる! 約束は守ってもらうわよ! さぁカナデ、まずは靴下だけ残して全裸になりなさい!」


「はいはい、分かってるから急かさないで。ところで、いまのゲーム中に話したことって全部本当?」


「当たり前よ! 認めたくないけど、あたしは周りを騙せるほど嘘が得意じゃないわ!」


 その言葉を聞いて、改めてファルムが発した言葉の数々を思い出し、胸が温かくなった。

 二人の前とはいえリビングで裸になるのは恥ずかしいけど、なぜか嫌な気持ちはない。

 要求通り、靴下だけ残して服を脱ぐ。


「す、すみません、ボクのせいで、カナデさんが辱められることに……」


「ううん、気にしないで。むしろありがとう。リノちゃんがゲームを提案してくれたおかげで、すごく楽しかった」


「カナデ! まずはこっち向いて体育座りしなさい! ちょっと脚を上げて、足裏を見せ付けるように! あっ、軽く首を傾げてもらえるかしら? そう、そんな感じ! いいわっ、いいわよ! 天然な恥じらい顔も実にいい!」


 いつになくハイテンションなファルムが、鼻息を荒くしてスマホのシャッターを切る。

 指示に従って数百枚ほど撮影された後、次は完全に全裸ということで靴下も脱いだ。

 ファルムが屈託のない笑顔で撮っているおかげか、私の抵抗感もさほど強くない。

 私は姿勢を楽にして座り、ファルムは斜め上から見下ろすような体勢でスマホを構える。


「まずはダブルピースよ! 上目遣いで目線ちょうだい! あっ、乳首が隠れてるから右手を数センチほど外に動かしなさい! パーフェクト! それじゃあ次は、胸を持ち上げて――」


 それから、時間の許す限りひたすら恥ずかしい写真を撮られた。

 思い出しただけで赤面必至な物ばかりで、まともに直視することはまず不可能だ。


「ふふっ、コレクションが潤ったわ♪」


 朝ごはんを食べている間も、ファルムはニコニコと無邪気な笑みを浮かべていた。

 エッチな目的で撮られたのは分かっているけど、こんなに嬉しそうな様子を見ると私も満たされた気持ちになる。


「触るのは怖じ気付くくせに、撮影となるとまったく躊躇しませんでしたね」


「あら、もしかしてあんたも欲しいのかしら? 残念だけど、これは誰にも見せられないわよ。あぁ、写真って素晴らしいわね。いつでもカナデのあんな姿やこんなところまで、気が向くまま好き勝手に眺められるんだから」


「あ、あんまりジロジロ見ないでね」


 確かに抵抗は少なかったけど、羞恥心は計り知れない。


「カナデさん、お味噌汁のおかわりをお願いします」


「あたしも!」


「はーい」


 二人からお椀を受け取り、台所に移動する。

 なんだかんだあったけど、今朝も明るい気分で家を出られそうだ。

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