19話 カナデを尾行するわよ! byファルム

 カナデが学校に行って、生意気なメスガキと二人きりになってしまったわ。

 泣いて許しを請うまで電気あんまを食らわせてやろうかしら。

 子どもの間で忌避されているという大技――浣腸というのを試すのもいいわね。

 それとも、お馬さんごっこという遊びに興じるか……。


「ファルムさん、絶対にろくでもないこと考えてますよね?」


「はぁ? あんたと一緒にするんじゃないわよ。あたしは真面目に、クソ生意気なメスガキをどう弄んでヒマを潰そうか考えてたのよ」


「いや、この上なくろくでもないじゃないですか。少なくともボクには害しかないですし」


「そうだわ! こんなメスガキの相手をしても時間の無駄だから、カナデの学校生活を調査しに行けばいいのよ!」


 さすがはあたし、名案だわ。


「また悪趣味な……迷惑をかけないように気を付けてくださいね」


「他人事みたいに言うわね。あんたも行くのよ?」


「お断りします。ボクはストーカー行為に興味ありませんから」


「じゃあ、仕方ないわね。行かせてくださいって懇願するまで拷問してあげるわ」


「まっ、待ってください! あなたが言うと冗談に聞こえませんよ!」


 リノは顔を引きつらせ、警戒して身構える。

 カナデに危害を加えようとしたときに自分でもドン引きするぐらいボコボコにしたから、そのときのトラウマが蘇ったのかもしれない。

 あのときとは事情が違う。さすがに人の形ぐらいは保たせてあげるし、事が済んだら元通りに再生するつもり。


「そりゃそうよ。本気で言ってるんだから」


「くっ……分かりましたよ、同行します。でも、ボクがいない方がファルムさんにとって好都合なんじゃないですか?」


「確かに邪魔ね。だからと言って、仲間を置き去りにするほど非情じゃないわよ」


「非情じゃないかはともかく……仲間、ですか。悪くない響きですね」


 なぜか怪訝な目で見られたけど、すぐさま嬉しそうな表情になった。情緒不安定なのかしら。

 見た目だけはいいんだから、変にイキってないで愛想よくすればいいのに。


「それじゃ、出発よ!」


「場所は分かるんで――って、あれ?」


 空間を歪めて一瞬でカナデの学校に移動すると、リノは目を丸くして辺りを見回した。


「あたしはカナデと特別な魔法で繋がってるから、位置情報の特定なんて楽勝よ」


「はぁ、そうですか。ところで、変装とかしなくていいんですか?」


「問題ないわ。あたしたちへの認識を捻じ曲げてるから、そよ風が吹いた程度にしか思われないわよ」


「なんでもありですね。でもまぁ、助かりましたよ。ボクたちはこの世界だとひときわ目立ってしまいますから」


「ふっ、あたしを誰だと思っているのかしら?」


「色ボケエロエルフのファルムさん」


 このメスガキ、一度徹底的に分からせてやろうかしら。


「あんたへの罰は追々考えるとして、さっそくカナデを尾行するわよ。ほら、あそこ。昇降口に入ったわ」


 あたしはリノに分かりやすいよう、指を差して目的地を示した。

 ここは校門をくぐって数メートルほど進み、辺りに校舎や校庭が見える少し開けた場所だ。

 カナデが普段歩いている場所を実際に自分の足で進むのも一興かと思い、ここからは魔法を使わず徒歩で移動する。


「……ファルム?」


 昇降口で靴を履き替えるカナデの横に立つと、カナデはあたしの名を口にして周囲に目をやった。

 カナデは気のせいだと判断してすぐにこの場を離れたけど、さすがに冷や汗が流れる。

 魔法で繋がっているとはいえ、あたしが意図的に認識を歪めている状況で勘付かれるなんてさすがに想定外だ。

 そう言えば、あたしがカナデに使った魔法は相手への信頼が強いほど繋がりが強まる効果もある。

 迷惑に思われてるんじゃないかって内心では不安だったけど……そっか。カナデはあたしのこと、本当に信頼してくれてるのね。


「ファルムさん、なにしてるんですか?」


「なにって、カナデが脱いだ靴を嗅いでるだけよ?」


 あぁ、なんて素晴らしい香りなのかしら。とても脱いだばかりとは思えない、華やかないい匂い。

 ほのかに残る温もりといい、感無量だわ。

 どうせならキツい臭いの方も嗅いでみたいわね。夏場にブーツでも履いてもらおうかしら。


「度し難い変態ですね。ほら、早くしないと見失ってしまいますよ」


「まったく、無粋なメスガキだわ」


 どうやらお子様には理解できなかったらしいわね。

 ここで揉めても意味がないし、リノの言い分を尊重して尾行を再開する。

 廊下を歩くカナデの姿は実に優雅で、背筋はピンと伸び、視線は真っ直ぐ前に向けられている。

 後ろだけでなく、横や斜め、正面からも眺める。カナデの顔はどこか寂しげで、対照的におっぱいは元気よく揺れていた。

 カナデは以前に学校で避けられていると漏らしていたけど、その言葉は確かに事実らしい。

 ただ、本人の認識とはちょっとばかり――いや、かなり意味合いが違う。


「確かに周りから浮いてますけど、嫌われてるわけではなさそうですね」


「そのようね」


 先ほど昇降口に入る前にすれ違った、白衣姿の妖艶な女性がポツリと漏らした言葉。


「――ほんとに残念。私が教員じゃなかったら、体の隅々までかわいがってあげたのに」


 軽く殺意が芽生えたけど、カナデの学校で死者を出すわけにはいかないので必死に我慢した。

 次に、カナデが昇降口から離れた直後に現れた二人組の生徒。下駄箱の場所が近いことから、クラスメイトと見て間違いない。


「――本堂さん、相変わらず素敵だよね。誰かと一緒にいるところ見たことないけど、告ったらワンチャンあるかな?」


「――やめといた方がいいんじゃない? あーしもそうだけど、ライバルかなり多いよ。噂によると、抜け駆けしようとした人は問答無用で粛清されるらしいし」


 派手なアクセサリーを身に着けて制服を着崩していることから察するに、この二人はいわゆるギャルという存在なのだろう。

 他にも、階段を昇って教室に入るまで、カナデとすれ違った人間がことごとく熱い眼差しを向けていた。

 カナデに恋慕する生徒は相当な数に上ると見て間違いない。

 当の本人は、自席にて凛とした佇まいで教科書を見ている。キリッとした表情も最高にかわいいわね。

 粛清されるという噂が本当なら、「嫌われてないからその辺の生徒に話しかけてみなさい」なんて気軽に勧めるわけにもいかない。

 友達を欲しているカナデには悪いけど、平和な女子校に戦乱を起こさせないためにも、余計な口出しをしない方がよさそう。


「リノ、分かってるわよね?」


「ええ、もちろん。ボクは無益な争いを望むほど凶悪じゃないですから」


 その後、あたしたちはカナデに付き添う形で学生の一日を一通り体験した。

 昼休みになると同時に弁当箱を持ってトイレに直行するのを目の当たりにしたとき、さすがに涙を堪えることができなかった。

 体育で着替える際にクラスメイトのメスガキ共がチラチラとカナデの体を視姦していたのは、本気で皆殺しにしてやろうかと思ったけど、どうにかリノに八つ当たりすることで我慢できた。


「理不尽な暴力を振るわれたりもしましたが、無事に放課後を迎えましたね」


「そうね。イジメや迷惑な非行もなさそうだし、なかなかいい学校だわ」


 これなら安心してカナデを任せられる。

 万が一にも校内環境や教育体制に問題があれば、あたし自ら手を下すところだった。

 カナデが校門を出るのを確認した後、あたしたちは再び空間を捻じ曲げて自宅に戻る。


「ただいまー」


「待ち侘びたわよ! とりあえず、あいさつ代わりに処女でももらおうかしら!」


「おかえりなさい。今日もこのボクが、ファルムさんという狂獣から家を守りましたよ」


 なにも知らず帰宅するカナデを出迎え、さりげなくセックスを要求。


「あはは、二人とも元気だね。いつもありがとう。ところで、今日学校でファルムがいたような気がしたんだけど……」


 や、ヤバい……!

 どどど、どどうにか、ご、ごご、ごまかさないと!


「ファルムさんはボクと家にいましたよ。ですよね、ファルムさん?」


「そっ! そそ、その通りよ。あたしはずっと、ここで、このメスガキの小便臭さに耐えながらカナデを待っていたわ!」


「……この色ボケハイエルフ、人がせっかく助け船を出してやったのに……はぁ、もう知りません」


 リノがなにやら小声でブツブツ言っている。

 そんなことはどうでもいいわ。

 我ながら巧妙な言い訳だったから、嘘だと悟られていないはず。


「やっぱり。魔法で姿を消して学校に侵入してたんだ」


「違うわよ! 姿を消したんじゃなく、認識を――あ」


 しまった。あたしとしたことが、完全に墓穴を掘ってしまった。


「学校で変なことしてないよね?」


「それは誓ってしてないわ! あたしはただ授業を受ける姿を眺めたり、排泄とか着替えの様子を観察したりしただけよ!」


 失言だったと気付いたときにはすでに遅く、カナデは顔を真っ赤にして「ファルムのバカ!」と未だかつてない大声で叫び、カバンを持ったままトイレでの籠城を開始した。


「あーあ、余計なことばっかりベラベラしゃべるからですよ」


「う、うるさいわね!」


 それからリノと協力してカナデを説得し続け、扉が開かれるまで実に一時間もかかった。

 あたしは今日の尾行で、カナデが実は嫌われるどころかモテていること、尾行はもうしない方がいいということを学んだ。

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