17話 一夜明けて

 昨日は本当に楽しかった。

 公園でファルムと遊んで、リノちゃんと出会って、みんなでお風呂に入って。

 怖い思いもしたけど、リノちゃんと仲よくなれたいま、それもいい思い出だ。

 満たされた気分で眠りに就いたおかげか、今日の目覚めはとてもいい。

 二人はまだ寝ているので、起こさないようゆっくりと布団から抜ける。

 ファルムが「かなで……あへがお……」と寝言を漏らす。どんな夢を見ているんだろう。名前を呼ばれるだけだったら嬉しかったんだけど、後半の単語が素直に喜ばせてくれない。

 リノちゃんは昨夜ファルムが新たに用意した布団で静かに寝息を立てている。


「ふふっ」


 二人の寝顔があまりに愛らしく、つい口元がほころぶ。

 私は手軽にトーストとヨーグルトで朝食を済ませた後、あとで二人が起きたときのためにピザトーストとサラダを作っておく。

 一通り支度を終わらせ、バイトに行く旨を記したメモを冷蔵庫に貼ってから家を出た。




 三時間働いた後、お土産にアイスを買ってから帰路に着く。

 コンビニのバイトは覚えることが多いけど、私はけっこう好きだ。

 学校では誰にも話しかけてもらえない私も、レジ対応中は世間話を振ってもらえることがある。

 ほぼ固定の相方となっているオーナーさんは気さくで優しく、高齢のおばあさんなのに動きが素早く正確で見習うことが多い。

 以前は帰宅後の孤独な時間を憂いながら歩いていたこの帰り道も、いまは違う。

 私は二人の顔を思い浮かべ、無意識のうちに足を速めていた。


「ただいま!」


 鍵を開け、急くように靴を脱ぐ。


「カナデ~っ、待ってたわよ!」


「おかえりなさい。お仕事お疲れ様ですっ」


 玄関に上がると、二人がリビングから勢いよく駆け寄ってきた。

 帰って誰かがいるだけでなく、笑顔で私を迎えてくれるなんて……。

 感極まっていろんな気持ちが溢れ、なんとか涙だけは堪える。

 毎回泣きそうになっていては心配をかけてしまうので、この感動にも早いうちに慣れる必要がありそうだ。


「二人とも、大好き!」


 バッグとレジ袋を足元に置き、両手を広げてファルムとリノちゃんを抱きしめる。


「お、おっぱいが、当たって……ハァハァ、いますぐひん剥いて、本能のままに貪りたいわ……っ!」


「カナデさん、抱擁はボクとしても嬉しいんですけど、早く離れた方がよさそうですよ」


「……うん、そうだね」


 鼻息を荒くしてよだれを垂らすファルムの姿で我に帰り、リノちゃんにアドバイスを受け、私は二人と共にリビングへ移動した。


「デザートにアイス買ってきたから、おやつに食べよう。お昼ごはんはなにがいい?」


「あたしはカナデが食べたいわね。もちろん性的な意味で! もしくは噂に聞く女体盛りというものをカナデの体で――」


「はいはい。リノちゃんは?」


 最後まで聞く必要はないと判断し、ファルムの意見を適当に流す。


「味噌汁と玉子焼きが食べたいです」


「うん、分かった。ファルムもそれでいい?」


「文句なんてあるわけないでしょ。カナデが作る物なら、あたしはなんでも嬉しいわよ」


 さっきの意味不明な要望とは打って変わって、思わずキュンとなってしまうことを言われた。


「あ、ありがとう」


 アイスを冷凍庫に仕舞い、手を洗うため洗面所に向かう。


「ファルムさんって、変な言動のせいで損してますよね」


「は? なんのこと言ってんのよ?」


 背後から聞こえる会話に、私は心の中で強くうなずいた。




 味噌汁を火にかけている間にインゲンのゴマ和えを作り、玉子焼きに取りかかる。

 ご飯もあと少しで炊けそうだ。


「カナデの後姿、相変わらずそそるわね。ほらリノ、見なさいよあのお尻。だらしなさなんて無縁とばかりに引き締まっていながら、ほどよく肉が付いてぷりんっとしている。はぁ~、あそこに思いっきり顔を突っ込んでみたいわ」


「うわぁ、相変わらずキモいニヤケ面でキモいこと考えてますね。ご飯を作ってもらっている間ぐらい、純粋な気持ちで待てないんですか?」


「キモいってなによ! やれやれ、精神年齢が未就学児未満のメスガキにはまだ早かったかしら」


「ぷぷっ、またまたヘタレが調子に乗ったことほざいてますね~。どうせ妄想するばかりで実行できないくせに、偉そうなこと言わないでくださいよ」


「はぁ? 実行してやるわよ! 無防備なカナデの下半身を丸出しにして前も後ろも穴の奥まで舐め回してやるわよ!」


「……ファルム、火を使ってる最中だからイタズラしないでね?」


 過激なことを言うときほど実際にはやってこないから大丈夫だと思うけど、一応忠告しておく。


「チッ、仕方ないわね。カナデが言うなら、従わないわけにはいかないわ」


「カナデさんに救われましたね」


「あんたケンカ売ってんの?」


「べつにぃ~? ボクは事実を言っただけですか――あががががっ! なっ、なにっ、するんですか!」


「これはこの世界に伝わる秘奥義、その名も“電気あんま”よ。相手の両脚を掴み、股間を踏みつけつつ高速で振動させるという技ね。同名のマッサージ器具はエッチなことにも使えるらしいわ」


「こっ、この鬼畜! 女の子のお股を足蹴にするなんて人のやることじゃないです!」


「なんとでも言うがいいわ! そもそもあたしは人じゃなくてハイエルフよ!」


「なんですかその屁理屈!」


「あらあら、顔が赤いわね~。もしかして、こんなことで感じちゃってるのかしら? もっと強くしてあげるわよ! ほらほらほらほらっ!」


 リビングが騒がしい。

 このままだとじゃれ合いのレベルを超えてしまいそうだから、そろそろ止めるべきか。


「二人ともー、そろそろ出来るから食器出すの手伝って」


「あたしの出番ね!」


「任せてください!」


 二人ともすぐにケンカを止め、台所に駆け込んでくれた。

 やっぱり、根はとてもいい子たちだ。




 配膳が終わり、三人でちゃぶ台を囲む。

 炊き立てのご飯とみそ汁の香りが鼻孔をくすぐり、自分で作った物ながら食欲をそそられる。

 おかずはインゲンのゴマ和えに玉子焼き、追加で用意した牛肉と玉ねぎの炒め物。

 みんなで「いただきます」と声をそろえ、食事を始める。


「おいしすぎるわ! やっぱりカナデはすごいわね! 永遠の伴侶として鼻が高いわ!」


「本当においしいです。王宮で振る舞われた料理よりも素晴らしい味ですよ」


「あ、ありがとう」


 屈託のない笑顔で賛辞を送られ、伴侶ではないとツッコむのも忘れて喜ぶ。

 最近まで一人寂しく作業のように箸を動かしていたのが嘘みたいだ。

 ただご飯を食べているだけなのに、すごく楽しい。

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