16話 一緒にお風呂
「ちょっ、ちょっと待ちなさいっ!」
リノちゃんが髪を解きつつバスチェアに座り、私がスポンジを泡立てていると、ワンピースを着たままのファルムが風呂場に駆け込んできた。
「いつでも来てとは言ったけど、服は脱ごうよ」
「え、あ、そうね、悪かったわ」
素直に非を認め、ファルムは服を脱――ん?
さっきまで身に着けていた純白のワンピースが、一瞬のうちに消滅した。
斬新すぎる脱衣に、私は驚きのあまり目を丸くする。
「待たせたわね!」
「待ってないよ!? いまなにをしたの? 服は?」
「なにをって、あれは不要だから消しただけよ」
そうだった。ファルムは創造魔法で必要な物を用意できるだけでなく、歪曲魔法を応用して不要な物を消去することもできるんだ。
この認識で合ってる、よね?
魔法の存在に慣れた気でいるけど、詳しいことは分かるはずもない。
「もしかして、ファルムって着替えのたびに消したり創ったりしてるの?」
「そりゃそうよ。ハッ、まさかカナデ……あたしの汗や汚れが染み付いた服が欲しかったの!? もっと早く言いなさいよね!」
「いらないよ! 相変わらず魔法ってすごいなって感心してるだけ!」
「あの~、ボク自分で洗った方がいいですか? なにもせず座ってるのも地味につらいんですけど」
「あっ、ごめんね。すぐ洗うから」
「だから待ちなさい! あたしはその愚行を止めるために、己の弱さを乗り越えてここへ来たのよ!」
言い回しは主人公っぽくてかっこいいのに、なぜか微塵もかっこいいと思えない。
「愚行って……リノちゃんの体を洗うだけだよ?」
「そうですよ。なんなら、あとでファルムさんもお願いすればいいじゃないですか」
「あとでってなによ! 最初に洗ってもらうのはあたしよ! あんたは引っ込んでなさい!」
「はぁ? 怖じ気付いて縮こまってたヘタレが、この期に及んで勝手なことをほざかないでくださいよ」
「へ、ヘタレじゃないわよ!」
「ぷぷっ。そんなこと言ってぇ、さっきからカナデさんを直視できてないじゃないですか。あれだけ下品なことばかり言っておいて、実際は裸を見ることすらできないんですね~っ」
もはや一種の才能とでも呼べるほどの煽り方だ。
ファルムがヘタレなのは私も認めるところだけど、さすがにかわいそうになってきた。
「うぐぐっ……!」
よほど悔しかったらしく、ファルムが涙目でリノちゃんを睨んでいる。
「り、リノちゃん、悪いけどファルムを先に洗ってあげてもいいかな?」
「ええ、いいですよ。散々コケにして満足しましたからね。幸い洗い場も広くて温かいですし、気長に待ちます」
リノちゃんがイスから立ち上がると、次の瞬間にはファルムが腰を下ろしていた。とてつもない素早さだ。
「あ、忘れてた。よく考えたら、体の前に髪を洗わないと」
体を洗ってあげることに意識が向きすぎて、それ以外がおろそかになっていたようだ。
人それぞれだとは思うけど、私は最初に髪を洗っておかないと気が済まない。
一度スポンジを置いて、ファルムの洗髪を始める。
体質なのか魔法を使っているのか、洗う必要があるのか疑うほどにきれいだ。
シャワーで髪を濡らすと、湿り気を帯びた黄金の髪が光を反射し、宝石のようにキラキラと輝く。
丁寧に一通りの工程を終えて泡を流し、いよいよ体へ。
「カナデ、できれば手で洗ってくれないかしら」
「うん、いいよ」
要望通り、ボディーソープを手のひらに垂らして軽く泡立てた。
首回りから肩、両手を洗い、背中へと移る。
あれほどの強さを秘めているなんて想像もできないほど、華奢な背中だ。
決して大きくはない私の手でも、洗い終えるのにそれほど時間は要さない。
次は前だけど、どうしよう。
このまま私がやってもいいのか、さすがに前は本人に任せた方がいいのか。
「前はどうする? 私が洗ってもいいの?」
「え、ええ、え、お願いしゅるわ」
「……ファルム、もしかして具合悪い?」
声に覇気がなく、呂律も回っていないようだ。
まだ体を洗ってる段階だけど、体調が万全でない状態での入浴は危ない。
「き、気にしにゃくていいわ。カナデの手が、気持ちよくて、さっきかりゃ何度も、イってる、だけりゃかりゃ」
「え……」
予想外の返答に、つい動きを止めてしまう。
喜ぶべきか呆れるべきか。
気分が悪いわけではないようだし本人も望んでくれているから、とりあえずこのまま続行しよう。
「んっ……ふぁ……ぅぁっ……うっ……」
誰かの体を洗うなんて初めてで、自分で思っている以上に集中していたらしい。
改めてファルムの様子を観察してみると、両手を太ももに挟み、なにかを堪えるようにグッと力を入れている。
鎖骨から胸に手を滑らせると体がビクッと震え、幼い容姿と声からは想像もできない淫靡な吐息を漏らす。
胴体を一通り終えて下腹部に手を伸ばすと、ボディーソープとは違う粘り気のある液体が手のひらいっぱいに広がった。
デリケートな部分だから、間違っても傷付けることのないよう、慎重に手を動かす。
力の入れすぎは御法度だけど、かと言って軽く撫でる程度では足りない。
割れ目の間にも指を這わせ、しっかりと洗う。
すると、ファルムは声にならない悲鳴を上げ、体が浮くぐらいに腰を跳ねさせ、何度か痙攣を繰り返した。
「……も、もう、らめ……こ、ここかりゃは、自分で、やりゅわ」
「分かった」
さすがの私もなにが起きたか分かっているので、余計な言及はせず、素直にうなずく。
その後、下半身を自分で洗い終えたファルムは、私たちが体を洗い終えるのを待つと言って湯船の淵に腰かけた。
「それじゃ、ボクもお願いします」
「うん、任せて。まずは髪からだね」
ファルムと同じく、リノちゃんの髪も泡立ちがいい。
ずっとツインテールのままだったのに、変な型が付いていたりもせず、指通りも極めて滑らかだ。
滞りなく頭部が終わり、続いて体――と、その前に。
「リノちゃんも手でいい?」
「いいですよ」
本人に確認を取る。
スポンジだと力を入れすぎないかと心配になるけど、素手だとやりやすい。
これを提案してくれたファルムに感謝だ。
「なかなかお上手ですね。強すぎず弱すぎず、絶妙の力加減ですよ」
「えへへ、ありがとう」
褒めてもらえて嬉しい。
誰かの体を洗うのはファルムが初めてで、リノちゃんで二度目。まだ経験は浅いけど、一所懸命やったおかげかコツは掴めてきた。
もし二人が許してくれるなら、これから一緒に入るときは毎回洗わせてもらいたいぐらいだ。
リノちゃんに次いで自分の体も上から下までくまなく洗い、いよいよ入浴。三人とも髪が長いので、タオルでしっかりまとめておく。
みんなで同時に足を湯に入れ、それぞれのペースでゆっくり体を浸ける。
「……はふぅ~」
あまりの気持ちよさに、気の抜けた声が漏れてしまった。
湯船の中だと檜の香りをより強く感じ、少し熱めのお湯と相俟って身も心もリラックスさせてくれる。
「浮いてるわね」
「浮いてますね」
二人の視線は、私の胸に向けられていた。
じーっと見つめられるのは恥ずかしいけど、いまは些細なことなんて気にならない。
「胸以外は本当に贅肉がないわね。へそのラインなんて、思わず指でなぞりたくなるわ」
「腰のくびれとか、もはや芸術ですよ」
全身に粘着質な視線を感じるけど……うん、いまは賑やかな雰囲気とお湯の気持ちよさだけを楽しもう。
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