15話 ファルムはちょっと意識しすぎ
私たちの生活に新しい同居人が増えたということで、話が一段落ついた。
いつもならお風呂はご飯の後だけど、今日に限ってはもう我慢できない。
本当なら帰ってすぐに汗を流したかったのに、なんだかんだあって数時間も汗だくのまま過ごしている。
というわけで、私はある提案を呈することにした。
「ご飯は後回しにして、みんなでお風呂に入ろう」
一人ずつ順番を待っていれば、夕飯の時間がどんどん遅くなってしまう。
我が家の檜風呂は、四人ぐらいなら平気で入れる大きさだ。
すべてファルムのおかげだから私が誇れることではないけど、三人一緒に入浴できる。
「いいですね、賛成です」
「あ、でも、リノちゃんに一つだけお願いがあるの」
「なんです?」
「私の胸を見ても、笑わないでくれると助かるというか……」
自分たちだけしかいないとはいえ、堂々と口にできる内容でもない。
私は以前ファルムに説明したことを、リノちゃんにも耳打ちした。
「あぁ、なるほど。ぷぷっ、バカですね~っ。そんなことを気にするなんて、やっぱりこの世界はレベルが低いです」
口元に手をやって笑い、嘲るような上目遣いで私を見るリノちゃん。
表情や言い草がちょっとイラッとしたけど、容姿がかわいすぎて怒りはすぐに引っ込んだ。
ファルムといいリノちゃんといい、立て続けにこんなかわいい女の子と知り合えるなんて、私は相当運がいいんじゃないだろうか。
とにかく、これで心配は消えた。
実を言うと、みんなでお風呂に入るのって憧れだったんだよね。
ファルムに誘われたときは下心丸見えどころか犯行予告みたいなセクハラ発言もあったから断ろうとしたけど、ただ一緒に入るだけなら大歓迎だ。
そう言えば、あのときって最終的にファルムが辞退して……。
「ファルムさん、なんか固まってません? カナデさんと裸の付き合いができるって気持ち悪いほどはしゃぎそうなのに、やけに静かですね」
「は、はぁ? べべ、べつに固まってないわよ。カナデと裸の付き合いとか、に、日常的すぎて、いちいち騒ぐほどでもないってだけぶぇっ!」
「いま思いっきり舌噛みましたよね? あれぇ~? もしかしてファルムさん、あれだけイキっておいて怖じ気付いてますぅ?」
「うっさいわね! 入るわよ! あんまり舐めてると潰すわよ!」
「な、なにもそこまで必死にならなくても……もしかしてボク、地雷踏んじゃいました?」
ファルムの態度に動揺するリノちゃんに、私は「気にしないであげて」とだけ答えた。
とにかく話もまとまり、着替えを持って脱衣所へ。
「ふぅ、やっと汗のベトベトから解放されるよー」
私は真っ先に服を脱ぎ、洗濯機に放り込む。
「カナデさんって、脱毛とかしてるんですか?」
「ううん、してないよ」
「この世界の人間って、普通は腋とか手足とかにも毛が生えるんですよね?」
ということは、異世界では違うのだろうか。
実際、リノちゃんは髪を除けば眉毛と睫毛ぐらいしか見当たらない。
ファルムは人間ではなくハイエルフだから同じ基準を当てはめていいのか分からないけど、彼女もリノちゃんと同様だ。
「あー、そうだね。でも、生え方は人それぞれだよ。私はほら、なんというか、胸のこともそうだけど、なにかと極端な体質みたいで……」
脂肪が胸に集まってしまうのと同じで、体毛も一ヶ所に集中している。
人目に晒される機会のない場所だから、日常生活において特に支障はない。
「だから、あんまり下の方は見ないでほしいな」
「べつにいいじゃないですか。他はつるつるなのに陰毛は濃――」
「ストップ! 言わないで! わりと本気で気にしてることだから、口には出さないで!」
「わ、分かりました。それにしても、生で見ると迫力がすごいですね。異なる世界の人間とはいえ、同じ女として憧れますよ」
胸に熱い視線を感じる。
以前なら問答無用で逃げてただろうけど、ファルムのおかげでちょっとだけ心に余裕が生まれた。
リノちゃんもべつに奇異の目で見ているわけじゃないし、これなら普通に会話できる。
「ここまで無駄に大きいと、いいことなんて一つもないけどね。それに、リノちゃんはまだまだこれからが成長期だよ」
「あ、そうでした。カナデさんは知らなかったんですね。すみません、ボクにとっては当たり前のことだったので、説明を省いてしまいました」
「どういうこと?」
「ボクたちの世界では、生まれながらに規格外の魔力を持つ者は成長が早期に止まるんです。億や兆では足りないぐらい年齢を重ねているファルムさんも、見た目は幼いでしょう?」
「た、確かに……ということはまさか、リノちゃんも私より年上だったりするの?」
「いえ、違いますね。こちらの世界換算だと、ボクはいま11歳です」
「なるほど」
第一印象が中学生だったから、見た目よりちょっとだけ若い。
「ところで、あのハイエルフはいつまでああしてるつもりんなんですか?」
「奇遇だね、私も同じこと思ってた」
扉の外に隠れてチラチラとこちらを覗くファルムに、私とリノちゃんは呆れたような目を向けた。
エアコンがないのに空調が行き届き、それなりの広さを誇る脱衣所も、例に漏れず彼女のおかげだ。
とはいえ一糸まとわぬ姿のまま立ち尽くすというのは、どうにも落ち着かない。
「べっ、べつにビビってるわけじゃないわよ!?」
誰もビビってるなんて言ってないんだけどなぁ。
「ファルム、一緒に入ろう。きっと楽しいよ」
「分かってるわよ! カナデと二人きりのバスタイムなんて、楽しいに決まってるじゃない!」
「あれ、ボクのこと忘れてません?」
「カナデのおっぱいを好き勝手に触って、四つん這いになったカナデのアソコを至近距離で凝視して、隠されたピンクの花園を目と鼻と舌で堪能する……考えただけでよだれが止まらないわ!」
よく見たらファルムの足元によだれの水たまりができている。
当然ながら、いま挙げられた行為はどれ一つとして承認していないし、する気もない。
「うん、どれも実現しないからよだれは止めてくれる?」
「か、カナデのおっぱい……ぷるんっとしてて……じゅるりっ……ハァハァ、いますぐしゃぶり付けと本能が言ってるわ……!」
「リノちゃん、先に二人で入っちゃう?」
「そうですね、ヘタレは放っておきましょう」
せっかくだから一緒に入りたかったけど、あの様子ではいろんな意味で難しそうだ。
ファルムに「いつでも入って来てね」と声をかけてから、浴室に移動する。
扉を開けると、鮮烈な檜の香りが解き放たれた。
大きく息を吸い、胸いっぱいに芳香を取り込む。
温泉巡りをするほど
自宅に居ながら広々とした檜風呂を楽しめるなんて、身に余る贅沢だ。
「リノちゃん、体洗ってあげるよ」
「それなら、ボクが先にやりますよ。居候の立場ですし、カナデさんにはファルムさんから庇ってもらった恩がありますからね」
「気にしないで。それに、庇ったって言っても保護者としてファルムを注意しただけだから、恩だなんて思わなくていいよ」
「だったら、お言葉に甘えます。こう見えてボク、遠慮とか苦手ですから」
イメージ通りだなんて、口が裂けても言えない……。
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