14話 新しい同居人
リノちゃんが異世界で王宮を守る騎士だと明かされ、話題は完全にそちらへと切り替わった。
あのままだと勢いに流されて本当に腋を嗅がれていたかもしれないので、心の中で感謝しておく。
「すごい! けど、そんな大事な役目があるのに、ここにいていいの?」
「いいんですよ。どうせ向こうでは、死んだことになってるはずです。ですから、元騎士と言った方が正しいかもしれません」
「まさか、あんたも肉欲のままにあの新任女神を襲おうとして返り討ちに遭ったってこと?」
「は? あなたと一緒にしないでくださいよ」
嘲笑混じりに吐き捨てるリノちゃん。
「もしよかったら、聞かせてもらえないかな?」
「大したことじゃないですよ。魔王に挑んだものの瀕死の重傷を負い、苦肉の策として転生魔法を使っただけです」
「ぷぷっ、ボロ負けしたってことじゃない! 偉そうにあたしのことバカにしてたくせに、もっとかっこ悪いわね!」
ここぞとばかりに、ファルムがリノちゃんを煽る。
「こらっ、そんな言い方しちゃダメだよ!」
「うっ……なぜかしら、普段温厚なカナデに強く言われるとゾクゾクするわね。カナデ、もっと叱りなさいよ」
「ところでリノちゃん、転生魔法でこっちに来たなら、もう一回転生魔法を使えば帰れたりしないの?」
少なからず罪悪感で胸が痛むけど、ファルムの要求をスルーして話を進める。
「それができるなら、今頃こんなところで呑気にお茶なんて飲んでませんよ」
「ご、ごめん、そうだよね」
魔法に関して無知なのに、つい出しゃばったことを言ってしまった。
「気にしなくていいですよ。これから一緒に暮らすんですから、こんなことで謝らないでください」
「え? 一緒にって――」
「ふざけんじゃないわよ! あたしは断固として認めないわ! 二人の愛の巣に害虫を住ませるなんてどんな罰ゲームよ! あたしとカナデはセックス漬けの日々を送る予定なのに、こんなやつが同じ空間にいるなんて冗談じゃないわ!」
私の発言を遮り、これまでにない剣幕でファルムが異議をまくし立てた。
ちなみに、ファルムが述べたような予定は当然ながら捏造である。
「家主はカナデさんですよね? あなたにとやかく言われる筋合いはないです」
「大いにあるわよ! カナデはあたしの世話係にして肉便器であり親友で運命共同体なんだから!」
「し、親友……えへへ」
やっぱり、何度聞いても嬉しいなぁ。
友達いない歴イコール年齢だった私が、いまでは一緒に住む親友がいるんだもん。
思わず頬が緩んでしまう。
「に、肉便器って……え? あの、ただの冗談だと思って聞き流してましたけど、もしかして、本当にそういう関係なんですか?」
「ちっ、違うよ! 親友なのは本当だけど!」
「ってカナデは照れ隠しで言ってるけど、実際にエロエロな関係よ。お子様なあんたが聞いただけで卒倒するような、そりゃもうとんでもなくハードでディープなプレイを堪能してるわ」
「なに言ってるの? ファルムは口先だけのヘタレだから、まだエッチなことはなにもしてないよ?」
というより、一緒に入浴することすら直前になってやめたから、言動を除けば軽いスキンシップという表現で事足りる。
「かわいい顔して、痛いとこを突くじゃない……!」
「ぷぷっ、どっちがお子様なんですかぁ~? ただ年増なだけじゃなく、耳年増でもあるんですね! あっはっはっ、愉快すぎてお腹が痛――」
瞬きをする間に、ファルムがリノちゃんの背後に移動し、腕で首を絞めようとしていた。
「次にあたしを年増扱いしたら、ただ死ぬだけじゃ済まないわよ。分かったかしら?」
幼い外見に反して、尋常じゃないほどの迫力を感じる。
これを殺気と呼ぶのだろうか。
「は、はい」
身動きを封じられた状態でさえ散々に煽っていたリノちゃんが、反抗の意思を匂わせることもなく素直にうなずいた。
するとファルムは、禍々しいほどの威圧感を引っ込めて元の場所に座り直す。
「まったく、失礼なメスガキだわ。自分がオナニーも知らないお子様だからって、言いたい放題わめき散らすなんて。やっぱり一緒に住むのはダメね。毎朝こいつのおねしょで布団が臭くなるに決まってるわ」
失礼なのも言いたい放題なのもファルムといい勝負だと思うんだけど、ややこしくなりそうだから黙っておこう。
「リノちゃんはいまどこに住んでるの?」
「どこにも住んでないですよ。今日こちらの世界に来たばかりで、落ちてた服に着替えてベンチで休養を取っていたらあなたたちに遭遇したんです」
「なるほど」
私だったら、もし異世界に転生してもパニックになってすぐには行動できない。
「これからもあの公園で生きていきなさい。気が向いたら食料ぐらい恵んでやるかもしれないわよ」
「カナデさんも、ファルムさんと同じ意見ですか? そうなのであれば、ボクも無理強いはしません」
「当たり前よ! カナデだってあたしとの乱れまくった淫らな生活に期待してるんだから! あんたなんて邪魔者でしかないわ!」
「うーん……ファルム、リノちゃんも一緒に住ませてあげられないかな?」
幸いファルムのおかげで家は広くなり、一人増えても窮屈に感じることはない。
いくら強くても女の子を公園で生活させるわけにはいかないし、なにより大人に見付かるとまずい。
私と一緒にいればコスプレ好きの親戚とか言ってごまかせるけど、もし警察沙汰になれば間違いなく厄介なことになる。
外見は人間に酷似していても、宇宙どころか違う世界から来た生物だ。
最悪の場合、どれほど酷い目に遭うか想像もできない。
「嫌よ! カナデとセックスする時間が減るじゃない!」
ツッコミどころが多すぎる。
いや、ちょっと待って……そうだ、この作戦でいってみよう。
「み、見られながらするのも、興奮、しない?」
ファルムの気持ちを利用するのは胸が苦しいけど、ここは心を鬼にする。
「た、確かに、一理あるわね」
思ってたより簡単に釣れた。
ごめんね、ファルム。本当にごめん。
親友って言ってくれて、ずっと嫌いだった胸のことも好意的に受け止めてくれたのに。
「うわぁ、カナデさんも見かけによらず淫乱なんですね。正直ドン引きですよ」
違うよリノちゃん! できればいまの流れで私の意図を察してほしかった!
ううん、いまは私の面子よりも、ファルムに納得してもらうことの方が大切だ。
「ふっ、あたしは分かっていたわ。カナデはおとなしそうに見えて実はド淫乱だってことを!」
盛大な勘違いだよ、それ。
我慢だ。ここは耐えよう。
私が恥をかいて済むなら、安いものだ。
「ただ、カナデさんの思惑には添えませんよ。そういう行為をする気配を察知したら、ボクは適当に外で時間を潰しますから。お二人で好きなだけ交わってください」
「生娘には刺激が強いから、懸命な判断ね。見られながらのセックスも惜しいけど、まぁ邪魔しないならそれでいいわ。カナデの優しさに免じて、ここに住むことを認めてあげる」
「へぇ、ずいぶんあっさり認めるんですね。でも、正直助かりますよ。ありがとうございます」
リノちゃんがぺこりと頭を下げる。
ファルムは私の方をチラッと見て、リノちゃんに悟られないぐらい微かに、でも確かに柔和な笑みを浮かべた。
もしかして、ファルムは私の考えに気付いていた?
「ファルム、ありがとうっ」
まだ汗を流していないから、抱きしめるわけにもいかない。
せめてもの気持ちとして、頬にキスをする。
唇にするのは恥ずかしいし、そもそも私のキスがお礼になるかは分からないけど、言葉だけじゃなく行動でも感謝を伝えたかった。
「あ、あぅえあぃぉあぅ」
魔法にかかったように、ファルムの顔が耳まで紅潮する。
「頬にキスされただけでこの様とは、とんでもなく
リノちゃんが肩をすくめながらつぶやいた。
確信は持てなかったけど、どうやらファルムに喜んでもらえたらしい。
冷静に考えてみると、頬とはいえキスするなんて大胆すぎたかな?
急に恥ずかしくなり、私の顔も熱を帯び始めた。
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