13話 どう考えても腋を嗅ぐのはおかしい

 未だかつてないほど騒がしい土曜日も、あと数時間で日付が変わる。

 ファルムはなんだかんだ言いつつも約束を守り、リノちゃんの服を魔法で創った。

 いまは三人でちゃぶ台を囲み、温かい緑茶を飲んでホッと一息ついている。

 今日はたくさん汗をかいたから、この休憩が終わったらお風呂に入ろう。

 ファルムのおかげで自宅に居ながら檜風呂を楽しめるので、いつも以上に入浴が待ち遠しい。


「カナデ、一つお願いしてもいいかしら?」


「エッチなこと以外ならいいよ」


「腋の臭いを嗅がせなさい」


「やだ」


「なんでよ! べつにエッチなことじゃないわよ!」


「確かにそうだけど……いっぱい汗かいて蒸れてるし、絶対に嫌」


「それがいいんじゃない! 臭い方が昂ぶるわ!」


「うわぁ。ファルム、なんか気持ち悪い」


 エッチしたいとか胸を揉みたいとかはまだ理解できるけど、人の腋なんか嗅いでなにが嬉しいんだろう。

 あと、年頃の乙女として、いくら汗だくでもそこまで臭くはないと思いたい。


「失礼ね! 見た目で判断することが咎められるように、趣味嗜好で相手を差別するのも人道に反するわよ!」


「うぐっ……た、確かに、その通り、かも」


 そうだ、ファルムが傷付くかもしれないというのに、私は個人的な感想をそのままぶつけてしまった。

 私にとっては気持ち悪いことでも、ファルムにとっては当然の欲求なのかもしれないのに。

 冷静になってみれば、なんてひどいことをしてしまったのだろう。

 つい最近まで、無駄に育った胸や周りとは違う乳首がコンプレックスだった。

 自分の中で心を押し潰すまでに大きくなったその悩みを、正面から受け止め、認め、あまつさえ魅力であるとまで言ってくれたのは、他でもないファルムだ。

 そんな恩人とも呼ぶべき存在に、私は……。


「納得したのなら、潔く腋を差し出しなさい。汗でじっとりと湿って、強烈な臭いとフェロモンをまき散らし、思わず鼻を塞ぎたくなるに違いないムレムレの腋を!」


 軽く泣きたくなるような言われ様だ。


「え、待って。私の腋ってそんなに臭うの? もしかして周りに漂ってる?」


「まったく漂ってないから近くで嗅がせろって言ってるのよ! ついでに腋汗舐めさせなさい!」


「嫌だよ!」


 趣味嗜好は個人の自由という意見はまったくもってその通りだと強く共感するけど、それを望まれて応じるかどうかもまた個人の自由だ。

 せめてお風呂に入った後なら、まだ一考の余地がある。いや、それでもやっぱり嫌かなぁ。


「さっきから黙って聞いていれば、あなたたちは普段からこんな品のない話をしているんですか?」


 正座して静かにお茶をすすっていたリノちゃんが、呆れたように言った。


「そんなことない、って断言できないのがつらいよ」


 ファルムが来てからは、会話の大半がこういった類のものだ。

 ただ、恥ずかしくなったりすることも多々あるけど、話すのが楽しいのもまた事実。


「ファルムさん、少しは自重した方がいいですよ。生まれた世界や種族が違う以上は仕方ない面もありますが、どんな生き物にも全体としての価値観や常識といったものが存在します。郷に入っては郷に従えということわざもあることですし、ボクたちは己の欲求を満たすよりも、この世界に順応することを優先するべきです」


「このっ……メスガキのくせに生意気よ!」


「リノちゃん、意外としっかりしてるんだね」


 出会い頭に剣を向けられたりしたから、好戦的かつ直情的なイメージがあった。


「これでも、王宮の守護を任された騎士ですから」


 予想外の言葉が飛び出て、思わず息を呑んだ。

 私が考えていたより、リノちゃんはすごい人だったらしい。

 ふとファルムを見ると、彼女も少なからず興味を示しているようだ。

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