12話 刺激が強い

 知的好奇心というのは、ときに良心や倫理観に蓋をしてしまう。

 常識で考えれば、裸の女の子がいれば服を貸してあげるべきだ。


「い、いつまでこんなこと、続けるんですか……?」


 目の前には、床の上に全裸で胡坐あぐらをかくリノちゃんがいる。

 両手は後ろ手に固定され、なにからなにまで丸見えだ。

 ファルムは彼女の周りをグルグルと歩き回り、私はただ正座して正面からリノちゃんを眺めている。


「カナデに謝る気になった?」


「なるわけないじゃないですか。ボクはゴミを掃除しようとしただけで――いだだだだっ! そっ、そんなとこつねらないでください!」


 ファルムは剥き出しになったリノちゃんの乳首を指で挟み、ギュッと捻り上げた。

 なぜこうなったのか。

 答えは単純明快。

 嫌な予感がしてグロはNGだとあらかじめ釘を刺したら、「じゃあ裸にひん剥いて辱めるわ。カナデがいいなら、謝った時点で終了ってことで」と提案され、半ば流されるように承諾してしまった。

 公園でファルムは、手足を粉々にしたと言っていた。いくら再生したとはいえ、リノちゃんは想像を絶する痛みを味わったはず。

 結果論とはいえ私もファルムも無傷で済んだわけだから、必要以上に痛め付けられるのはかわいそうだ。

 謝ってくれれば、それでこの件はおしまい。

 リノちゃんは後ほどファルムが用意するという約束で一度服をビリビリに引き裂かれ、座った状態へと体を動かされた。

そして現在。

驚くべきことにこの状況、実に二時間ほど続いている。


「リノちゃんって、きれいだよね」


 ツインテールに結われた水色の長髪、澄んだ藍色の瞳、端整な容姿に贅肉のない肢体。

 膨らみかけの乳房にちょこんと乗ったさくらんぼのような突起、思わず指でなぞりたくなるへそのライン、ピッタリと閉じられたつるつるの割れ目。

 彼女の裸体は、もはや芸術の域に達している。


「ふっ、なかなか見る目がありますね」


「メスガキ、あんまり調子に乗ってると本気でブチ殺すわよ?」


「なんでですか!? べつにそこの人間をゴミ扱いしてないですよ!」


「カナデに褒められるなんて、クソザコのくせに生意気だわ」


「ぷぷっ、ただの嫉妬じゃないですか~。クソザコとか言って、本当の意味で負けてるのはどっちですかねぇ?」


 リノちゃん、すごいな。

 身動き取れない状況でこんな態度を取れる度胸、私も少しは見習うべきだろうか。


「うぐぐ……いや、ダメよ、ここでこいつを傷付けたら、カナデに忍耐力のない女だと思われてしまうわ。大丈夫、あたしはまだ耐えられる……すー、はー、すー、はー」


 ファルムは拳を強く握り、全身をぷるぷると震わせている。


「やーいやーい、最年長のくせに一番ぺったんこな無乳エルフ~」


「……殺す」


「待ってファルム! それはダメ!」


 なにかがブチッと切れた音が聞こえた気がして、私は焦って立ち上がりファルムを羽交い絞めにした。


「か、カナデのおっぱいが背中に……うぇへへ、柔らかくて気持ちいい」


 恥ずかしいけど、どうにか場を収められたようだ。


「ファルム、暴力はダメだよ。分かった?」


「わ、分かったわ」


「うん、偉い。よしよし」


 羽交い絞めを解き、正面に回り込んで抱きしめ、頭を撫でる。


「ふへぇ、幸せぇ」


「おやおや、幼児体型だと思ったら脳みそまでお子様なんですね。ぷくくっ、滑稽すぎて笑いが止まりませんよ」


「チッ。その小便臭い穴、両腕ねじ込んで二度と閉じないぐらいガバガバにしてやろうかしら」


「ファルム、めっ!」


 子どもを叱るように声を荒げ、もっと力を込めて胸に抱き寄せる。

 すると、ふっと力を抜いて身を委ねてくれた。


「あっはっはっ、すっかり飼い慣らされちゃってますね~。なんですか? その人間に母乳でも飲ませてもらってるんですか~? 無様で、憐れで、情けないですねぇ。あははははっ!」


「さて、と……前と後ろ、ついでに尿道も拡張して、穴という穴にペットボトルをブッ挿して公園のゴミ箱にでも捨てようかしら」


「ストップ! ファルム待って! 怒るのも無理ないけど暴力は絶対にダメ! お願いだから落ち着いて!」


「ねぇ、カナデ。鼻をかんだティッシュを捨てるとき、丸めるわよね?」


「え? う、うん」


「それを暴力とは言わないわよね?」


「それは、まぁ、そうだけど」


 なぜ唐突にそんなことを?


「つまり、いまからあたしがすることは暴力じゃないってことよ。だから離してちょうだい。あたしはあくまでゴミ処理の手順を踏むだけで、暴力を振るうわけじゃないわ」


「なにその謎理論!? なにがなんでも離さないからね!」


 私の腕力で押さえつけられる相手じゃないのは明白だけど、この手を離すわけにはいかない。

 ファルムを人殺しにしたくないし、リノちゃんもこんなことで死ぬなんてかわいそうすぎる。


「……カナデさん、でしたっけ?」


「あ、うん。そう言えば名乗ってなかったよね、私は本堂奏」


「先ほどは失礼しました。ごめんなさい」


 リノちゃんは不自由な体勢ながらもぺこりと頭を下げ、真剣に謝罪してくれた。


「カナデ、騙されちゃダメよ! なにか企んでるに違いないわ!」


「なにも企んでませんよ。そもそも、奇襲とかだまし討ちが通用しないのはすでに痛いほど思い知らされていますからね」


「カナデをゴミ呼ばわりしてたくせに、なんで素直に謝る気になったのよ?」


「ボクだって人の心は持ち合わせています。いまのやり取りの中で何度となく庇ってもらいましたから、命の恩ぐらいは感じてるんですよ。いい気になってるあなたをからかって溜飲も下がりましたし、さすがに裸を晒し続けるのも恥ずかしいですからね」


「ファルム、リノちゃんを自由にしてあげて」


「気乗りしないけど……そういう約束だから、仕方ないわね」


 ファルムは私の胸に顔を埋めたまま、渋々といった態度でパチンと指を鳴らした。

 すると、見えないなにかから解放されるように、固定されていたリノちゃんの体が動く。


「指を鳴らすと魔法が解けるんだね。なんかかっこいい!」


「そ、そうね、ありがと」


「カナデさん、勘違いしてますよ。そのハイエルフは詠唱も儀式も無視して神話級の魔法を使いますから、発動や解除にいちいち動作なんて必要ありません」


「そうなの?」


「年齢のわりにお子様ですからね~。きっと、魔法に関して無知なあなたに「かっこいい」とか「素敵」とか言われたくて、それっぽい仕草をわざわざやってみたんですよ」


「このメスガキ、マジで泣かす!」


 どうやら図星だったらしい。

 ファルムは顔を真っ赤にして、リノちゃんに飛びかかった。


「くっ、図星を突かれたからって八つ当たりなんて、つくづく幼稚ですね! というか、早くお得意の創造魔法で服を用意してくださいよ! 寒いんですよさっきから!」


「うるさい! あんたなんて裸で充分よ!」


 頬をつねったり、腕を掴んだり、髪を引っ張ったり、ドタバタと取っ組み合う二人。

 いますぐ止めるべきなんだろうけど、子どもがじゃれ合っているみたいで、なぜか微笑ましく思ってしまう。


「二人とも、そろそろ――」


 ケガをする前にやめさせようと近寄った、その瞬間。

 ファルムの足に引っかかって体勢を崩し、そのまま倒れる。


「んむっ」


 床に顔面を強打すると思い背筋がゾッとしたのも束の間、ぷにっとしたなにかに受け止められた。

 クッションではない。

 もっちりふにふにした肌触りで、鼻の頭に小さな突起物が当たっている。

 もぞもぞと口を動かすと、ほんのちょっと湿っていて、ほのかにしょっぱい。


「ど、どうなったの?」


 床に手を着いて四つん這いになると、一目ですべてを理解した。


「あ、あぁあぅ」


 視線の先には、真っ赤な顔で口をパクパクさせるリノちゃん。

 手前には、M字に開かれた彼女の両脚。

 そして眼下――直前まで私の顔があった場所は、女の子にとって最も大事な部分。


「ご、ごめん」


 こういう状況、男の子向けのマンガで見たことがある。

 いわゆるラッキースケベ。それも、かなり刺激の強い部類に入るんじゃないだろうか。


「羨ましい! ちょっとリノ! いますぐ代わりなさい!」


「う、羨ましいってなんですか! 死ぬほど恥ずかしいんですよ! カナデさんも、いつまでボクのお股を凝視してるんです! さっさと離れてください!」


「ごごご、ごめん! べ、べつに凝視してたわけじゃ――とにかくごめん!」


 予期せぬ方向で騒がしくなり、気付いた頃にはすっかり日も沈んでいた。

 そう言えば、リノちゃんってどこで生活してるんだろう……?

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