9話 二人で公園に行く

 ファルムとより一層親睦を深めた後、私は連絡先の交換を申し出た。


「もう登録してあるわよ。あんたのスマホにも入れておいたわ」


「いつの間に!?」


 慌てて確認すると、電話番号やメールアドレスはもちろん、LINEにも登録されていた。

 両親以外の名前が表示されるのは初めてなので、あまりの嬉しさに小さくガッツポーズをしてしまう。


「やけに嬉しそうね」


「だって、友達に連絡先教えてもらうの初めてだもん! 嬉しいに決まってるよ! ありがとう!」


 私はスマホを胸に抱き、喜びを噛み締める。

 いつの間にか登録されていたのは、おそらく魔法によるものだろう。

 創造魔法と歪曲魔法が常識や想像を超越した力だということだけは分かっているので、深く考えることはしない。


「そんなに喜ばれるとあたしも嬉しいわね。初めてついでに、処女ももらおうかしら」


「今日はいい天気だし、公園にでも行かない?」


「華麗にスルーしてくれるじゃない。いいわよ、行きましょう」


 こうして、私の思い付きによって外出が決定した。

 友達と出かけるのも初めてなので、ほんの少し緊張する。

 ファッションに対する興味が薄くセンスも平凡な私は、似たような服しか持っていない。コーディネートに頭を悩ませる時間は必要とせず、セールで買ったショルダーポーチに最低限の荷物を詰めて準備完了。

 意気揚々と家を出て、歩き慣れた道を新鮮な気持ちで進んでいく。

 数分ほど歩くと、ファルムと出会った名前もよく知らない公園に到着した。

 広さは体育館の半分ぐらい。広場の周りを木々が囲っており、遊具はなく、トイレとゴミ箱、ベンチが設置されている。

 私としては気分が安らぐ憩いの場所だけど、近隣住民の人気は薄い。一人ぼっちなのを気にせずのんびりできるから、好都合ではある。

 とは言っても、一人なのは過去の話だ。

 いまの私には、ファルムがいるのだから。


「とりあえずベンチに座って一休みしよっか」


「え、来たばっかりなのに? まぁいいわ」


 ベンチは広場の周辺に円を描くように等間隔で置かれている。

 手近なところに腰を下ろし、木陰の涼しさを味わう。


「えへへ、楽しいねっ」


「まだ公園に来て座っただけよ!?」


 右隣に座るファルムに笑いかけると、盛大に驚かれた。

 つられて私も驚き、体がビクッとなる。


「う、うん。え……もしかして、楽しくなかった?」


 一緒に家を出て足並みをそろえて公園に来て、親友と並んで同じベンチに座る。

 私は楽しすぎて心が躍り、自然に笑顔を浮かべていた。

 だけど、よくよく見るとファルムは楽しそうじゃない。

 表情や言葉から伝わってくるのは、困惑と驚愕。

 私だけが楽しくても、それはなんの意味もない。


「あっ、いや、そんなに落ち込むことないじゃない。あたしだってまったく楽しくないわけじゃないけど、カナデの喜び様が不思議だったのよ」


「不思議かな?」


「ええ、かなり。公園のベンチに腰かけただけなのに、まるで遊園地で思いっきりはしゃいでる子どもみたいだったわ」


「それは、ファルムと一緒に来れて本当に嬉しかったから……でもごめんね、一人だけ楽しんで。せっかく二人で来たんだから、なにかして遊ぼうよ!」


「あんたサラッとかわいいこと言うわね。やってみたいことがあるんだけど、いいかしら?」


「うん、いいよ! 鬼ごっこ? かくれんぼ?」


小さい頃に家族でやって以来一度も機会がなかった。

高校生にもなって、とは思うけど、友達ともやってみたい。


「どっちもハズレよ。こんな閑散とした公園でやることと言えば、野外セックスに決まってるじゃない!」


「あー、空が青いなぁ」


 ふと頭上に視線をやると、雲一つない青空が広がっていた。

 辺りは住宅街だけど、葉が生い茂った木々に囲まれ、土と芝生の広場を前にして空を見上げれば、現代において貴重な自然を感じることができる。


「じゃあ写真撮影だけでもいいわよ!」


 私の意思に関係なく、体がピクッと動く。

 友達と写真を撮るなんて、とっくの昔に捨てた夢の一つだ。

 自然豊かな公園を背景にツーショット。想像するだけで期待に胸が膨らむ。


「いいね、それ! 撮ろう撮ろう!」


 左右の拳をグッと握り、鼻息を荒くしてファルムに体を向ける。

 できれば何枚も撮りたい。

 お気に入りの写真を厳選して、スマホの壁紙に設定しよう。


「話が早くて助かるわ。それじゃ、ポーズと表情はあたしがその都度指示するから、とりあえず服を脱いでちょうだい。あ、いきなり全裸になっちゃダメよ。下着と靴下だけは残しなさい」


「へ? えっと、どういうこと? 写真、取るんだよね? 脱ぐ必要あるの?」


「当たり前よ。オカズに使うエロエロなフォトアルバムを作るんだから。カナデのエロい体なら着衣したままでも逆にエロさを感じるけど、やっぱり野外という環境を活かすなら露出は必須よね」


「なるほど……そういう、ことだったんだね……はぁ……」


 期待を裏切られ、魂を吸い取られたように元気を失う。

 再び空を見ながら思考を巡らせていると、一つの提案が浮かんだ。


「分かった、ファルムの言う通りにする。その代わり、全部終わったら一緒に写真を撮ってほしい。もちろん、服を着た状態でね」


「ふふっ、あたしとツーショットを撮りたいなんて、なかなか殊勝なお願いね」


「ファルムが親友って言ってくれて、本当に嬉しかった。だから、二人でたくさん写真を撮りたいなって……」


「か、カナデ……カナデ!」


 ファルムは私の名前を叫びながら、細腕からは想像もつかない力強さで抱き着いてきた。


「どうしたの? 蜂でもいた?」


「違うわよ! まったくもうっ、あんたどこまでかわいいのよ! エロエロフォトアルバムは保留にするわ! 今日は二人でたくさん写真を撮るわよ!」


「い、いいの?」


「ふざけたこと訊くんじゃないわよ! いいに決まってるでしょうが!」


 なぜか怒られてしまった。

 卑猥な写真の件は保留じゃなくて断念してほしいけど、いまは置いておこう。

 

「じゃ、じゃあ、とりあえずここで撮ろうか」


 スマホを取り出し、急いでカメラを起動させる。

 今時の人はいろいろと補正されるアプリを使っているらしい。

 私は特にこだわりがないので、最初から内蔵されているカメラで充分だ。

 インカメラに切り替えて、ちゃんと二人が写るように腕を伸ばす。


「こ、こんな感じでいいのかな?」


「撮り方はそれでいいと思うけど、表情が硬すぎるわよ。もっとリラックスしなさい」


「わ、分かった」


 一度まぶたを下ろし、深呼吸して思考をクリアにする。

 難しいことは考えない。ファルムと一緒に写真を撮ることを純粋に楽しもう。

 うん、もう大丈夫だ。

さっきまでの緊張が嘘のように、自分でも分かるぐらい表情が柔らかくなった。


「お待たせ」


 ファルムと体を密着させ、空いている左手は二人の間でピースサインを作る。


「いつでもいいわよ」


 許可が出たので、すぐさまシャッターを切る。

 友達と写真を撮ったことがないので作法として正しいのか分からないけど、多分間違ってはいないはず。


「上手く撮れたかな……?」


 スマホを手元に寄せ、フォルダを開いて写真を確認。

 笑顔を浮かべる私とファルムは、とても出会って間もないとは思えないぐらい親しそうに見える。


「なかなかいい感じに撮れたわね。さぁ、どんどん撮るわよ」


「うんっ」


 それからというもの、私たちは公園の中を動き回り、何枚も写真を撮った。

 途中でファルムにお尻を触られたりもしたけど、今回ばかりはお咎めなしだ。

 二時間ほどひたすら撮影を続け、私たちは再び最初のベンチに座って休憩している。


「こんなに楽しいの、初めてかもしれない」


「そうね、あたしもよ。たかが写真撮影と侮っていたけど、なかなかどうして心が躍ったわ」


「できることなら、いつまでもファルムと一緒にいたいなぁ」


 叶わない願いだと分かり切っているのに、つい口に出してしまう。

宇宙誕生より太古から生きるファルムと、ただの人間である私がずっと一緒にいられるわけがない。

 共に過ごせる時間は、どれだけ長くてもせいぜい数十年。ファルムにとってはちっぽけな時間だろう。

 写真や動画なら、私がファルムと一緒にいた証として残すことができる。

 願わくは、私が死んだ後も二人の思い出を覚えていてほしい。


「は? 当たり前よ。無理やり犯すことはないって言ったけど、一緒にいることに関しては、あんたが嫌だって駄々をこねても拒否権はないわ」


「嫌とは言わないよ。ただ、私の寿命はファルムにとってはあっという間だから……」


 どれだけ長生きできたとしても、別れはすぐに訪れてしまう。

 もちろん、私にとっては一生の付き合いということになるけど。


「あぁ、そういうことね。だったら問題ないわよ」


「え?」


「あたしがあんたに使った魔法、覚えてるわよね? あれはあんたの意思一つであたしを殺せるってだけじゃなく、あたしの生命力をあんたに分け与える効果もあるのよ。例のごとく説明が面倒だから簡単にまとめるけど、要するにあんたは不老不死になってるってわけ」


「え? え?」


「あたしはハイエルフの中でも特別で、魔力を無限に生み出せる。魔力はそのまま生命力に変換できるから、魔力が尽きないあたしは不老不死で、同等の生命力を供給されるあんたも不老不死。分かったかしら?」


「あ、うん」


 ファンタジーすぎて現実として受け止めきれないけど、ファルムが事実だけを言っているのは分かる。

 つまるところ、私が抱いていた不安は杞憂で、ファルムに愛想を尽かされでもしない限り、いつまでも一緒にいられるということだ。

 そういうことで合ってる、よね?

 まぁ、うん。

 とにかくよかった!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る