8話 ファルムはヘタレ

 土曜日!

友達0人の私は登校日なんてちっとも嬉しくないので、休日が待ち遠しくて仕方がない。

 コンビニでのバイトを終え、意気揚々と帰宅した。


「ただいま!」


「おかえりなさい。やけにテンション高いわね」


「えへへ、休日だからね」


 今朝新しくファルムに創ってもらったふかふかのクッションに腰を落とす。

 午前中のバイトでしっかり頭が働いているので、午後は存分に自由な時間を謳歌できる。


「ところで、そろそろあたしの嫁としての自覚は出てきたのかしら?」


「ファルム、なに言ってるの? 頭でも打った?」


 私がバイトに勤しんでいる間、ヒマすぎて変な遊びにでも興じていたのだろうか。


「ぐぬぬ……認めたくはないけど、その反応でよく分かったわ」


「友達なら、喜んでなるんだけどなぁ」


 なれと言われてなるものでもないとは思うけど、友達いない歴イコール年齢の私はどういう過程を踏めば友達と呼べるのかをよく分かっていない。

 日は浅くても親睦が深まっていれば友達なのか、長い月日を共にしてようやく友達足り得るのか、それともお互いに相手を友達と認め合って友情の契り的なのを交わすことで友達になれるのか。


「俗に言うセックスフレンドってやつね」


「期待した私がバカだったよ。永遠に家主と居候のままでいいや」


「まっ、待ちなさい! ちょっとしたジョークよ! 本心ではあるけど、ちゃんと分かってるわ! あたしたちの仲なんだから、友達というか、もう親友って呼んでも差し支えないわよ!」


「ほ、本当? 親友って呼んでいいの!?」


 親友なんて、自分には無縁だと決め付けていた。

 親友が一人いれば、他に友達がいなくてもつらくない。

 自分でも謎理論だと思うけど、不思議なくらい活力がみなぎるのを感じる。


「短くても濃密な時間を過ごして夜まで共にしたんだから、あたしたちは親友よ」


「親友……しん、ゆう……うぇへへ」


 あまりの嬉しさに口角が緩み、気の抜けた笑いが漏れた。

 どうしよう、本当に嬉しすぎる。

 心配をかけないよう家族の前では友達がいるように振る舞ってきたけど、もう嘘じゃなくなるんだ。


「そんなに喜ぶことかしら」


「当たり前だよ! 生まれて初めての友達だもん! えへへ、嬉しいなぁ。ファルム、困ったことがあればすぐに言ってね! 親友なんだから、助けになるよ!」


 自分でも分かるほどに舞い上がっている。

 私ごときがファルムの役に立つ場面はそうそうないだろう。

 だけど、できることはなんでもしてあげたい。

 私が困ったときは、助けてもらったりして。

 親友。あぁ、すごくいい響きだ。


「じゃあ、性欲が爆発しそうだからセックスさせなさい!」


「またそういうことを……うーん……いや、でも…………いいよ」


「いいの!? ちょっ、ちょっと待ちなさいカナデ! 肩書きが親友になったからって、結論を早まっちゃダメよ!」


「だって、したいんでしょ? 初めてだから怖いけど、ファルムになら、少しぐらい痛くされても我慢する」


「ほ、本当にいいのね? 穴という穴を犯し尽くすわよ? あたしなしじゃ生きられない体になって、常に快楽を求める性欲の獣と化すかもしれないけど、本当の本当に後悔しない?」


 ここにきて過度に下品な表現を使って脅すように最終確認をされた。


「やっぱり、ファルムってヘタレなんだね」


「へっ、ヘタレじゃないわよ!」


「だって、私がいいって言ってるのに手を出さないじゃん」


「そ、それは――って、さっきあんた『やっぱり』って言ったわよね。ということは、あたしのことをヘタレだと思ってたってことかしら?」


「え? あ、うん、まぁ」


 正直なところ、私の裸を見て顔を真っ赤にしたときに勘付いていた。

 嫌がる私を無理やり襲うようなことはしたくないと言ってくれたのももちろん本心なんだろうけど、彼女がヘタレであることもまた事実だと確信している。


「くっ! なるほど、それで今回はあえて承諾したってわけね! あたしが手を出さないと踏んで、うろたえる様を見て楽しもうだなんて……未だかつてないほどの屈辱だけど、鬼畜なカナデも素敵よ!」


 そういうわけではないんだけどなぁ。

 だいたい、行為に及ぶ可能性だって充分にあった。

 私は決して軽い気持ちでうなずいたわけじゃない。

 ファルムのことは少なからず分かっているつもりだ。

 本当に信頼しているからこそ、私を求めてくれるならその気持ちに応じたいと心から思った。


「鬼畜はやめてよ。ファルムがヘタレなのが悪いんだから」


「うぐっ、またヘタレって言ったわね!」


「ごめん、事実でも言っていいことと悪いことがあったよね」


「煽るんじゃないわよ!」


「ムキになるファルムがかわいくて、つい」


「カナデにかわいいって言われるのは嬉しいけど、バカにされてるみたいで素直に喜べないわね」


「まぁ、実際バカにしてるからね」


「この……人間のくせに言いたい放題言ってくれるじゃない……! でも、その憐れんだような眼差しもいいわ! 興奮のあまり下半身が大洪水よ!」


「大洪水って、おもらし?」


「んなわけないでしょうが!」


 もちろん分かっている。ちょっとイジワルで茶化しただけだ。

 ファルムは行為となると直前で怖じ気付くものの、言動だけは過激極まりない。


「ふふっ、ファルムをからかうと面白いかも」


「あたしは面白くないわよ!」


「え……? そ、そうだよね、ごめん」


 ファルムの気持ちを考えず、楽しいと感じてしまっていた。

 ファルムにとっては私に揚げ足を取られて笑われているんだから、面白いと思えるはずがないのに。

 己の浅はかさが嫌になる。

 せっかく親友とまで言ってくれたのに、このままじゃ嫌われても当然だ。


「ファルム、本当にごめんなさい。悪気はなかったの。許してほしいなんて厚かましいことは言わないから、気が済むように私を罰して!」


 私はクッションから離れ、ファルムに見える位置で誠意を込めて土下座した。

 しっかりと額を床に擦り付け、反省の意思を示す。

 友達がいなかったから付き合い方が分からないなんて、言い訳にもならない。

 指の一本や二本、失う覚悟はできている。


「や、やめなさいよ! 売り言葉に買い言葉っていうか……えーっと、そう! この世界で言うところのツッコミってやつよ! 気にしてないから頭を上げてちょうだい!」


「ほ、本当に?」


 姿勢は保ったまま、視線だけ上げる。


「本当よ! 許すもなにもあたしは怒ってないし、罰なんて――あ、この状況ならもしかして……?」


 ファルムはどこからともなく取り出したスマホ――魔法で創ったのだろう――を操作し、画面を私に見せてきた。

 そこにはセリフと思しき文章が記されている。


「これを読んでくれたら、すべて水に流すわ。上目遣いを忘れるんじゃないわよ」


「うん、分かった!」


 絶対に言いたくないような恥ずかしいセリフだけど、これで仲直りできるなら安いものだ。

 私は何度か脳内で復唱して内容を覚え、注文通り上目遣いでファルムを見つめながら言葉を紡ぐ。


「私はいつでも発情してる変態です。処女のくせにファルム様とのエッチを妄想して、パンツはいつでもエッチな蜜で水浸しです。お願いですから、私をメチャクチャにしてくださいっ」


 一字一句違えず、ファルムの指示通りのセリフを読み上げる。

 棒読みにならないよう、大げさなぐらいに感情を込めた。

 下品にもほどがあるセリフだったけど、単調というか稚拙な文だったのでなんとか耐えられる。


「最っ高っっっ!」


「ゆ、許してくれる?」


「ええ、約束通りすべて水に流したわ。だからさっさと土下座なんてやめなさい」


「ありがとう」


 私は最後に感謝の言葉を述べながら頭を下げ、元の場所に座り直した。


「まったく、あんたは気にし過ぎなのよ。最初からあたしは怒ってないし、あんたが罰せられる必要なんてこれっぽっちもないわ。誤解されないようにハッキリ言っておくけど、あたしだってあのやり取りを面白いと感じてたわよ」


「そ、そうなの?」


 よかった、ファルムの機嫌を損ねたわけじゃなかったんだ。

 でも、それなら私が恥ずかしいセリフを読む必要あったのかな?


「だいたい、ちょっと煽ったりバカにしたぐらいで壊れるような関係なら、その程度の脆い仲ってことでしょ。忘れてるかもしれないけど、あたしは魔法であんたに命を預けてるのよ? 生死を委ねるほど信頼してるんだから、麦茶と称しておしっこ飲まされても軽いイタズラだと笑って済ませるわ」


「ファルム……」


 寛大な心に感動し、不覚にも胸が熱くなった。

 ただ、後半の例えは百歩譲ってもイタズラで済ませていいものではないと思う。


「むしろカナデのおしっこなら飲みたいわね。ちょっと飲ませなさいよ」


「絶対に嫌。臭いし汚いし体に悪いよ」


「大丈夫、カナデのおしっこは聖水より素晴らしい効果があるに決まってるわ」


「とにかくダメ」


「あたしの飲み物代が浮くから、節約になるわよ?」


「私が言うのも変だけど、ファルムは創造魔法で好きな飲み物出せるよね」


「チッ、強情ね。仕方ない、ここは引き下がってあげるわ。いずれ嬉々としてあたしを便器のように扱わせてあげるから、せいぜい覚悟しておきなさい」


「う、うん」


 余計に長引かせたくなかったからとりあえずうなずいたけど、いまのってどう考えても私じゃなくてファルムにとっての拷問だよね。


「あー、カナデのおっぱい揉みまくってあんあん喘がせたいわね」


 おやつにプリン食べたいみたいなノリで過激なことを口走るファルム。


「ファルムはヘタレだから、私が喘ぐ前に終わるんじゃないかなぁ」


「んなっ!」


 対抗するように私が煽ると、ファルムはビクッと体を震わせた。

 さっきと似たようなやり取りだけど、もう過剰に罪悪感を覚えたりはしない。

 私たちはこういう会話も楽しめる仲なんだと、ファルムのおかげで知ることができたのだから。

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