7話 リフォーム

「うーん、いい天気っ」


 久しぶりに目覚めのいい朝を迎え、いつもより機嫌がいい。

 ファルムは先に起きて、窓から外の景色を眺めていた。


「あら、起きたのね。おはよう、カナデ」


「おはよう。よく眠れた?」


「え、ええ、おかげで気持ちのいい夢を見させてもらったわ」


 なんとも歯切れの悪い返答だ。

 枕が変わると寝付けないって人がいるけど、ファルムはちゃんと眠れたのだろうか。


「朝ごはん、なにか食べたい物ある?」


 布団を畳みつつ意見を請う。

 せっかく振る舞うのだから、もし希望があるのなら聞いておきたい。


「カナデが作る物ならなんでもいいわよ」


「わ、分かった」


 なぜだろう。ともすれば投げやりな答えでもあるのに、頬が緩んでしまう。

 べつに喜ぶようなことを言われたわけじゃないと思うんだけどなぁ。

 自分のことながら不思議だと首を傾げつつ台所に移動する。

 朝はあまり時間がないので、献立は無難にハムエッグとサラダ。

 冷蔵庫から材料を取り出して手早く調理し、ファルムに配膳を手伝ってもらう。

 部屋の真ん中に置かれたちゃぶ台を挟み、向かい合って食事を始める。


「ごちそうさま! 美味しかったわ! いや~、やっぱりあたしの嫁は最高ね!」


「だから嫁じゃないってば」


 昨日の夕食後を髣髴とさせるやり取りだ。


「ところで、ファルムの魔法で部屋を広くすることってできる? 外からは分からないように――って、さすがに無理だよね」


 増設ならともかく内側だけ拡張するなんてこと、物理的に無理だ。

 いくら創造魔法でも空間の問題はどうしようもないだろうけど、ダメ元で一応確認してみる。


「できるわよ。どれぐらいの広さがいいのかしら?」


「そうだよね、いくらなんでも――えっ、できるの!?」


 なに? 創造魔法ってそこまでなんでもありなの? 有機物を生み出してる時点でこの世の理に逆らってる感じなのに、空間まで操作できちゃうの?


「歪曲魔法を使えば簡単よ。部屋を広くするぐらい、空間を捻じ曲げれば済む話だわ」


「ちょ、ちょっと待って。歪曲魔法ってなに?」


「いろいろ歪曲させる魔法ね」


「もしかしてバカにしてる?」


「違うわよ。効果も用途も無限に等しいから、細かく説明できないのよ」


 なるほど。

 もし一から十まで説明されたとしても、魔法について無知な私には到底理解できないだろう。

 ついムッとなってしまったけど、多少大雑把なぐらいでちょうどよかったのかもしれない。


「じゃあ、創造魔法と組み合わせて部屋を改造したりできる?」


「お望みとあらば、見た目はボロアパートのまま内側だけ世界一の大豪邸にだってできるわよ」


「そ、そこまではしなくていいよ」


 あまり広すぎても生活しにくいし、過度に豪華なのも落ち着けない。

 窮屈さを感じない程度の面積と、あとはトイレとお風呂を別々にしてもらえれば文句なしだ。


「あんたの指示通りにしてあげるから、とりあえず見取り図を描きなさいよ。細かい家具とかは写真を検索して好みの物を選べば創ってあげるわ」


「なるほど! それにしても、ファルムって意外と地球の文明に詳しいんだね!」


 見取り図、画像検索。

 私の方が詳しいはずなのに、ちっとも思い付かなかった。

 感心するあまり声が大きくなる。


「ま、これぐらいは常識よね」


 ここぞとばかりに威張るファルム。

 ふと時計を見やると、いつも家を出る時間を数分ほど過ぎていた。


「そろそろ学校に行かなきゃいけないから、帰ったらすぐに描くよ」


「ええ、分かったわ。このあたしが帰りを待ってるんだから、寄り道せず全力疾走で帰って来なさい」


「うん、善処する」


 私の持久力だと全力疾走は長く続かないけど、できるだけ急いで帰るとしよう。




 数時間後。全速力で帰宅した私は、勢いよく玄関の扉を開けた。


「た、ただい、ま」


 肩で息をするほどに疲弊し、深呼吸すらままならない。

 道中で脱いでいたブレザーをハンガーにかけ、止めどなく溢れる汗をタオルで拭う。


「おかえりなさい。やけに疲れてるけど、ドラゴンにでも遭遇したわけ?」


「ファルムが、早く帰れって、言ってたから、必死に、走ったんだよ。それに、この世界には、ドラゴンなんて、いない」


 息切れしているため言葉が途切れ途切れでしか発せられない。


「あらあら、よっぽどあたしが恋しかったのね! いいわよ、抱いてあげるから裸になりなさい!」


「ち、違うよ! ファルムに会いたいと思わなかったわけじゃないけど、べつに恋しくないもん」


 ファルムの妄言に異を唱えつつ、ブラウスを脱いでブラも外す。

 もちろんファルムが言うような行為のためではなく、服を着たままでは拭きにくい部位の汗を拭くためだ。

 胸の谷間に溜まった汗をタオルに吸い取らせ、胸の付け根辺りも念入りに拭う。


「んっ」


 乳頭に布が擦れ、変な声が漏れる。

 私は人より敏感らしく、ちょっとした刺激にも弱い。

 左右の腋を交互に拭いて、ひとまず終了。

 汗まみれのブラウスとタオルを洗濯機に放り込み、薄地のTシャツに着替える。


「ファルム、どうしたの?」


 居候のハイエルフは壁に背中を預けたまま、目を見開いて固まっていた。


「な、なんでもないわ。あんたが急に上半身を露出させて胸とか腋とか見せ付けてきたから、思わず見惚れてたのよ」


「言い方! べつに見せ付けてないよ!」


 心外なことを言われ憤慨していると、ファルムが近くに寄ってきた。


「すぅぅぅぅ……」


 わざわざ私の隣で、大きく息を吸う。

 嫌な予感しかしない。


「……なにしてるの?」


「ハァハァ、カナデの汗、すごくいい匂い! たまらないわ! こんなにフェロモンまき散らしてるんだから、あたしを誘ってるのよね! さぁ、お望み通り気絶するまでヤりまくるわよ!」


「さてと、見取り図でも描こうかな」


 私はファルムを引き離してちゃぶ台にルーズリーフとシャーペンを用意し、フリーハンドで線を引いていく。

 リビングはちょっと欲張って10帖ほど。ウォークインクローゼットも欲しいな。洗濯機を置くスペースのある脱衣所兼洗面所、広いお風呂のある浴室。あとはトイレ。

 どうせファルムは私と同じ布団でしか寝てくれないから、個室を設ける必要はない。

 ご飯もこれまで通り食事の際にちゃぶ台を設置すればいいので、ダイニングは不要だ。

 玄関からリビングを見て廊下の右側にトイレ、左側に脱衣所と浴室。キッチンの反対側にウォークインクローゼット。

 よし、こんなところだろう。


「できたようね。間取りは把握したわ。あとは家具だけど、目星は付けてあるの?」


「うん、休み時間にずっと調べてた」


「さすがね。じゃ、見せてもらおうかしら」


「はい」


 スクショをまとめておいたフォルダを開き、スマホを渡す。

 細かいところは口頭で説明し、要望を事細かに伝えた。

 とは言っても、壁紙や床などの材質はこのままで、便器も同様だ。

浴槽だけは、贅沢に檜風呂を要求してみる。


「なるほど、了解よ」


 ファルムがそう言った次の瞬間には、リフォームが完了していた。

 魔法の凄さは充分に理解していたつもりだったけど、驚きを禁じ得ない。

 先ほどまで手狭だったリビングは広々とした空間に生まれ変わり、年代を感じさせる壁や天井は新築同然に美しい。

 逸る気持ちを抑えられず風呂場に向かうと、四人ぐらいなら余裕で入れる長方形の浴槽が視界に飛び込んだ。息を吸うと芳醇な檜の香りが鼻孔をくすぐる。

 脱衣所の存在もありがたい。


「ファルム、ありがとう!」


 私はリビングに駆け戻ってファルムの手を握り、喜びを抑えきれず上下にブンブン振る。


「あたしにとっては児戯ですらないけど、これで抱かれる気になったかしら?」


「それはない」


「そ、そう、なかなか折れないわね」


 肩を落とすファルムをよそに、私は一度家の外に出る。

 相変わらず原理は不明だけど、魔法の力とはつくづく凄まじい。

 部屋の中が倍以上の広さになったにもかかわらず、外観はなにもかもそのままだ。


「話は変わるけど、私が帰るまで家で待っててくれたんだよね? ヒマじゃなかった?」


 リビングに戻り、素朴な疑問を呈する。


「カナデとのセックスに備えてイメトレしてたから、あっという間だったわよ」


 わりと本気で気持ち悪い発言だった。

 でも、無料でリフォームまでしてもらったのだから、お礼としてなにかするべきだろう。

 私がファルムの世話をするという話だったはずなのに、いまのところご飯を作るぐらいしかしていない。


「え、エッチはダメだけど、触るぐらいなら、いいよ」


「ほんとに!? おっぱい! おっぱい!」


 ファルムの鼻息が荒くなり、指をタコのようにうねうねさせ始めた。

 見た目はかわいい幼女なのに、雰囲気は絵に描いたような変質者だ。

 出会って間もないとはいえ信頼できる相手だし、胸を触られるぐらいなら我慢しよう。


「その代わり、痛くしないでね」


「まっ、任せなさい! はぁ……はぁ……ゴクリ」


 ジリジリと焦らすように距離を詰めながら生唾を飲むファルム。

 私は覚悟を決め、床に腰を下ろして両手を後ろで組み、胸を差し出すような姿勢を取る。


「服は着たままでいいの?」


「ぬ、脱いでくれるの!? じゃあ脱いで! 脱ぎなさい!」


 言わなきゃよかったかも。

 またしても自分の言動を悔いつつ、シャツを脱ぐ。

 コンプレックスの塊だった胸が空気に晒され、中腰になったファルムが食い入るように凝視している。

 前は自分の胸が嫌いで嫌いで削ぎ落としたいとまで思っていたけど、彼女のおかげで自然に自分の一部として受け入れられるようになった。


「そ、それじゃあ……」


 ファルムの手が左右それぞれの胸にそっと触れる。


「ぁんっ」


 喘ぎに似た吐息が漏れ、すぐさま両手で口を塞ぐ。

 変な声を出して恥ずかしくなり、顔がどんどん熱を帯びていくのを感じる。

 指が胸に食い込み、先端部分が手のひらで押し潰され、強烈な刺激が全身を駆け巡った。

 自分で触るより何倍も強い快感を覚え、己の感じやすさを恨めしく思う。


「こ、今回はこれぐらいで勘弁してあげるわ!」


 時間にしてほんの数秒足らずで、ファルムは手を離して偉そうに仁王立ちする。

 見て分かるほどに充血して硬くなった乳首を隠すべく、私はそそくさと服を着た。


「もういいの?」


「ええ、続きは本番に取っておくわ」


 余裕ぶってはいるけど、顔が真っ赤で笑顔が引きつり、声は上擦っている。


「そっか、分かった」


 やっぱりファルムはヘタレなようだ。

 せめてもの優しさとして、明らかな虚勢であることはスルーしてあげよう。


「今日はカレーって物を食べたいわ! あとハンバーグとかいうのも!」


 ずいぶんとかわいらしいリクエストだ。


「うん、いいよ。初めて食べるなら、カレーは甘口の方がいいかな?」


「ふっ、あたしぐらいになれば最初から激辛でも問題ないわ!」


「本当かなぁ?」


 気付けば、自然に笑顔を浮かべていた。

 ファルムのセクハラ発言には困らされるけど、それ以上に、一緒にいるとすごく楽しい。

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