5話 寝るときのお約束
異世界から来た幼女と出会ったところで、明日も学校があるのは変わらない。
少しでも明るい気分で登校するためにも、睡眠は極めて重要だ。
ちゃぶ台を壁に立てかけ、布団を敷いて就寝の準備は完了。
息をするように下品なことを口走っていたファルムが、おとなしくしているはずもなく。
「あたしも一緒の布団で寝るわ! 絶対に手を出さないって約束する! 寝ぼけたフリしておっぱい触ったりアソコに顔を埋めたりしないから!」
もはや犯行予告に等しい発言である。
仮に私が重度のお人好しだったとしても、この要求を呑むことはないだろう。
「ダメだよ。ファルムなら布団ぐらい自分で用意できるでしょ」
「そ、それがー、たまたま布団だけは創造できない呪いにかかってるのよねー」
棒読みだし視線が泳いでいる。
とんでもない下ネタも平気で口にする正直者は、どうやら嘘が下手なようだ。
「仕方ないなぁ」
「おっ、さすが奏! 女神より慈悲深いわね! 遠慮なく同衾させてもらうわ!」
「なに勘違いしてるのか知らないけど、一緒には寝ないからね」
しかも、『同衾』ってただ一緒の布団で寝るんじゃなくて、エッチなことをするっていう意味もあったはずだ。
抜け目ないというか、欲望に忠実というか。
エルフとハイエルフの違いもよく分かってない私は、彼女にエロエルフという肩書きを推奨したい。
「でも、仕方ないって言ったじゃない」
「あれは、ファルムにも同居人として布団で寝てほしかったけど、もう一組用意するのが無理なら仕方ないから床で寝てもらうしかない、って意味だよ」
「嫌よ! というか、その場合あんたの布団をあたしに貸すのが人情ってもんでしょうが!」
「散々セクハラ発言しておいて人情を語らないでほしいな……」
釈然としないけど、ファルムの言い分にも一理あるような気がする。
私だけ布団で寝るというのも、ちょっと申し訳ない。
「だから、ね? 意地張ってないで、あたしを布団に入れなさい。カナデにとって素敵な思い出になる初体験にしてあげるわよ」
「あんまり確認したくもないけど、私になにするつもり?」
「もちろんセックスに決まってるじゃない」
こんなやつに同情したのがバカだった。
さっき言ってたことより過激になっているし、寝ぼけたフリとかでごまかすこともしない。
私は問答無用で電気を消して布団に潜り、ファルムに背を向けて吐き捨てるように「おやすみ」と言い放つ。
「えっ、ちょっ、待ちなさいよ! お願い! お願いします! なにもしないって誓うから隣で寝させてください!」
背後から懇願の声と共にガンガンと床を打つ音が聞こえ、チラリと視線を向ける。
ボンヤリとしか見えないけど、私はこれまでの人生で初めて土下座というものを目にした。
そ、そこまでする?
「本当になにもしない?」
いくら形だけの誠意を見せられても、猜疑心はそう簡単に消えない。
とはいえ実際に手を出されていないのも確かだし、情状酌量の余地があってもいいんじゃないかと思う。
「ええ、しないわ。あたしを信じて」
月明かりに照らされた黄金の瞳が、こちらをジッと見据えている。
これまでの言動を鑑みれば到底信用に足る相手ではないものの、その眼差しには強い意志を感じた。
「分かった。でも、枕は自分でなんとかしてね」
「やったー! やったやったやったー! カナデと一緒に寝れる! おっぱいに顔を――コホン。枕なら大丈夫よ。もう準備できてるわ」
「準備できてるって……?」
小躍りしながら聞き捨てならないことを口走ろうとしていたのは、気のせいなのだろうか。
少し視線をずらすと、ファルムの言う枕の準備について一目で理解できた。
私の枕が、枕カバーも含めて二倍ほどの長さになっている。
ファルムの魔法はすでに何度か目にしているので、仰天するほど驚きはしない。
「気付いたようね。その長さなら二人で一緒に使えるわ。文句はないはずよ」
「わざわざこんなことしなくても、追加で一つ用意すればいいのに」
「細かいことはどうでもいいじゃない。さっさと寝るわよ」
そう言って、ファルムは私の寝床に入ってきた。
シングルサイズなので、否応なく密着することになる。
「狭いけど我慢してね」
「え、ええ、問題ないわ」
「どうしたの? 声が上擦ってるけど」
「ち、違うのよ、演技とか建前じゃなくて、いまカナデに手を出すつもりはないの。本当よ。だけど、こうして同じ布団で寝て、間近に感じると……き、緊張しちゃって……」
闇夜に目が慣れ、目の前にいるファルムの顔ぐらいなら月明かりのおかげでハッキリと見える。
先ほどまでの威勢が嘘のように、顔を真っ赤にして不安気な表情を浮かべていた。
ギャップというか、見た目相応の愛らしさがあるというか、不覚にも胸が高鳴ってしまう。
「よしよし」
私はファルムを抱き寄せ、頭を優しく撫でる。
「か、カナデ、むむ、むっ、胸が、か、か、顔に、あ、当たって、るんだけど……!」
「あ、ごめん。苦しかった?」
いまのファルムからは邪心が感じられないから警戒していなかったけど、彼女への配慮までも忘れている。
誰かを抱きしめるのは初めてだから、息苦しさとか考えず胸元に抱き寄せてしまった。
ちゃんと息ができるよう、胸の谷間にファルムのあごを乗せるような形に体勢を整える。寝転んでいる状態だから、さほど難しいことではない。
「そ、そうじゃなくて……い、いいの? あんなに嫌がってたじゃない」
「うん、いいよ。それとも、ファルムの方こそ嫌だった? 緊張がほぐれるかと思ったんだけど、むしろ強張ってない?」
幼い頃、お母さんにしてもらったことを思い出しながら実践している。
私はどんなホラー番組を見た後でも、これのおかげですぐに心が落ち着いてぐっすり眠れた。
中学に上がってからはしてもらえなくなったけど、実はいまでもお母さんの温もりが恋しい。
「嫌じゃないからこそ、緊張してるのよ。まぁ、あんたのおかげで、まともにしゃべれるぐらいには落ち着いたわ」
「ふふっ。あれだけ大口叩いてたのに、これぐらいで緊張するんだね」
「しっ、仕方ないじゃない! 分かり切ってたことだけど、あんたってただでさえかわいいのに、微笑むとさらに魅力が増して……それに、すごくいい匂い……なにより初対面のあたしに、ここまで優しくしてくれて……こんなの初めてで……平然としていられるわけないじゃない」
率直な褒め言葉を述べ立てられ、頬が熱を帯びる。
家族としかまともに会話したことのない私にとって、容姿や性格を褒められる機会は皆無だった。
胸の奥が熱い。悲しくないのに、涙が滲む。
自分を認めてもらえるというのは、こんなにも嬉しいことなんだ。
「ありがとう。改めて、これからよろしくね」
「ええ、こちらこそ。それと、もう一度誓うわ。あたしは布団の中でカナデを襲ったりしない。すでに言ったけど、無理やり手籠めにするつもりはないのよ。これだけは信じてもらえないかしら」
「信じるよ。だってファルム……ヘタレだもん」
「んなっ!」
薄々と勘付いてはいたけど、布団に入ってからのやり取りで確信した。
ファルムは性欲旺盛で常にエッチなことを考えてる変態なのは間違いない。
だからと言って、自分からは決して手を出そうとしない。
私の意思を尊重してくれているという意味ももちろんあるだろう。先ほどの真剣な眼差しからも、ひしひしと伝わってきた。
ただ、単純に最後の一歩を踏み出す勇気がないのもまた事実。少なくとも、私の中ではそのような答えが出ている。
「それじゃあファルム、おやすみ」
「お、おやすみなさい」
これまでは一人きりで、孤独を噛み締めながら、ときに寂しさで枕を濡らして、現実から逃げるように就寝していた。
いまはファルムの息遣いや体温を間近に感じる。
私のことを認め、肯定し、求めてくれる相手が、ここにいる。
寂しさなんて欠片ほども介在する余地がない。
私はいつになく明るい気分で眠りに落ちた。
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