4話 羞恥心で死にそう

 ファルムの創造魔法のおかげで生活費がほぼ完全に浮くため、バイト代はそのまま貯金に回せる。

 退屈で物寂しかった生活も、同居人ができたことで改善されるはずだ。

 まさにいいこと尽くめ!

 と、手放しで喜べたらどれだけ幸せだっただろうか。


「やだやだやだやだ! あたしも一緒にシャワー浴びる! カナデの生おっぱい堪能したい! 背中を流してもらいたい! うわぁぁああぁあああっっ!」


 ビッグバンより遥か太古から生きている異世界のハイエルフが、廊下に寝転んで駄々をこねている。

 シャワーを浴びると言ったら「あたしも一緒に行くわ!」などと口走り、丁重にお断りしたらこうなった。


「狭いから無理だよ」


 まぁ、広くても断るけど。


「そんなの気にしないわよ! 密着できていいじゃない!」


「私が気にするの。だいたい、密着してたら洗いにくいよ」


 たとえ相手が同性でも、裸は見られたくない。

 ファルムは無駄に過大評価しているけど、私にとって自分の胸はコンプレックスの塊だ。


「甘いわね! あんたが泡だらけになって、そのエロエロボディを使ってあたしの体を洗うのよ! それこそ醍醐味ってもんでしょうが!」


「なにそのいかがわしい行為、普通に嫌なんだけど」


「ぐぬぬ、このファルム様が下手に出ているというのに……生意気よ!」


「ファルムにだけは生意気って言われたくないよ! もう、いいから退いて。体なら後で洗ってあげるから」


 このままでは埒が明かないと判断し、私はファルムをまたいで廊下に出る。


「――あら、いいのかしら?」


 駄々っ子から一転、勝ちを確信したような余裕のある声音で静かにつぶやく。

 私が足を止めて振り返ると、ファルムはスッと立ち上がり、性悪そうな笑みを浮かべた。


「創造魔法でお湯を出せるとは言ったけど、出すとは言ってないわよ」


「無料で好きなだけシャワーを浴びたければ、ファルムの要求を呑めってこと、か……」


「ええ、その通りよ。べつに減るもんじゃないんだし、あんたにとっては断る理由の方が少ないはずよね?」


 断る理由なんて無数にある。

 しかし、節約の重要性を考慮すれば、ちっぽけなプライドにこだわっている場合ではない。


「はぁ、分かった。その代わり、一つだけ約束して」


「やったぁああああああああああっ! カナデのおっぱい見れる! 未だかつてここまで昂ぶったことはないわ! 約束? そんなのいくらでもしてあげるわよ!」


 キャラ崩壊と言って差し支えないレベルで盛り上がるファルム。

 私がドン引きしているのは言うまでもない。


「私の裸を見ても、絶対に笑わないで。内心でどう思おうと勝手だけど、表情には出さないで。もし少しでもバカにされてると感じたら、この取引はなかったことにしてもらうからね」


「妙なこと言うのね。理由があるなら話しなさいよ。事と次第によっては素直に諦めてあげるわ。もちろん、脅迫もしない」


「えー、本当に?」


「あたしを納得させられたら、ね。嫁を泣かせるぐらいなら、自分を殴ってでも我慢してやるわよ」


「嫁ではないけど……それじゃあ、話すよ」


 もったいぶって強く意識されるのも恥ずかしいので、腹をくくって打ち明けてしまうとしよう。


「む、胸の先っぽが、その……他の人と違うというか……えっと、パフィーニップルって知ってる?」


 豆腐メンタルな私は、以前にネットで調べた単語を用いて説明の省略を図る。

 乳輪がぷっくりと膨らんでいる乳首を差すらしく、私の場合は乳頭もやや大きい。

 良し悪しの問題ではなく、周りと明らかに違うという点で以前から神経質なまでに気にしていた。

 ただでさえ、胸だけ無駄に大きく育ってしまっている。

 ファルムは執拗に見たがっているけど、私にとっては正真正銘のコンプレックスだ。


「知ってるけど、それを気にしてるってことかしら? だったら、べつに笑ったりしないわよ」


 拍子抜けしたように、キョトンとした顔でそう言った。


「嘘じゃない? 適当なこと言っていざ裸を見た瞬間に爆笑でもされたら、さすがの私も泣くよ? 高校生にもなって大泣きするよ?」


「う、疑り深いわね。嘘じゃないから安心しなさい。ついさっき異世界から来たばかりのあたしが言っても説得力ないかもしれないけど、さして恥ずかしがるようなことじゃないと思う。少なくとも、あたしは普通に受け入れるわよ」


 ファルムの言葉で、心が軽くなった。

 思い返してみれば、確かにその通りだ。

プールの授業では着替えの際に少なからず裸を見られるけど、バカにされた記憶はない。

 そうか。一人で勝手に気にしていただけだったのか。


「ファルム、ありがとう」


「それじゃ、心置きなくカナデのおっぱいを堪能させてもらうわね」


「その言い方はちょっと気持ち悪い」


 などと文句を垂れながらも、もう彼女を拒む意思はない。

 この家には脱衣所がないので、洗濯機の前で服を脱ぐ。

ブラを外すと同時に、ファルムが目を見開いて胸を凝視してきた。

いくら同性とはいえ、視線がいやらしすぎて反射的にサッと両腕で隠す。


「その細腕で隠そうなんて無理があるわよ。観念してすべてをさらけ出しなさい」


「ファルムこそ早く脱ぎなよ。というか、着替えはあるの?」


 結局は見られるので早々に諦め、潔く裸体を晒す。

 これから一緒に暮らすのだから、シャワーのたびに揉めていては身が持たない。我ながら懸命な判断だと思う。

 素朴な疑問に対する返答がなく、室内とはいえ寒いのでバスタオルを体に巻いた。


「ご、ごめんなさい、やっぱり、シャワーは別でいいわ。着替えなら、魔法で用意するから大丈夫よ」


「なんで急に? 受け入れてくれるって言ったの、嘘だったの?」


 唐突すぎる心変わりに、不安が押し寄せる。

 私は自分の体を抱くようにして、バスタオル越しにも存在を主張する左右の突起物を隠した。


「違うわよ。カナデがあまりにきれいすぎて、無理やり襲っちゃいそうで怖いのよ。もしあたしがその気になれば、あんたの意思なんて関係ないわ。どれだけ泣き叫んで必死に抵抗されても、本能のままに凌辱してしまう。もちろんそんな目に遭わせたくないけど、あたしは自分を完全に抑える自信がない。だから、一緒には入れないわ」


「そっか……」


 言われてみれば、ファルムの魔法があれば私の承諾なんて得なくても好きなようにできる。

 倫理的に当然と言えば当然だけど、ファルムなりに我慢してくれていたんだ。


「いろいろワガママを言って悪かったわね。浴槽にお湯を張っておいたから、しっかり温まってきなさい。すでに珠のような肌を持つあんたには不要かもしれないけど、美肌成分もふんだんに含ませておいたわ」


 創造魔法ってそんな秘湯を生み出すこともできるんだ。

 つくづく都合のいい力である。

 あと、ところどころ私を褒めてくれるのがむず痒い。褒められ慣れてないから、いちいち赤面してしまう。


「私の体、本当にきれいなの? 変じゃない?」


「やれやれ、仕方ないわね。自覚がないようだからハッキリ言ってあげるわ。あんたの体は究極の芸術よ。童顔と爆乳という一見アンバランスな要素は、高すぎず低すぎない身長によって絶妙に調和を保っている。肉付きのいいお尻までを結ぶ腰のくびれが描く曲線はまさに人体というキャンバスを用いたアート。繰り返すようだけど、あんたの胸は世界の宝として認定されるべきだと断言できるほど素晴らしいわ。動くたびにぷるんっと激しく揺れ動く柔軟さにはこちらの心も揺れ動かされ、重力を無視するかのようにツンと上を向く様は力強ささえ感じさせる。あんたが気にしている先端部分に関しても、普通より大きいのは確かだけど、圧倒的ボリュームを誇る爆乳にはむしろちょうどいい。ぷっくり膨らんでいるのも個人的にたまらなく興奮するポイントね。これまで悪い虫が寄り付かなかったことを、この世界の神に深く感謝するわ。とまぁ前置きはこのぐらいにしておくとして、そろそろ本題に移るけど――」


「ストップ! 果てしなく長いよ! 今回はしばらく黙って聞いてたけど、さすがに長い! いまのが前置きなら、本題なんて聞いてたら風邪ひいちゃうよ!」


 そう、私はいま裸にバスタオル一枚巻いただけの姿だ。

 すでに足元から冷えを感じ始めているので、これ以上の長話は体調に悪影響を及ぼす。

 ひたすら褒めちぎってくれるから、気恥ずかしくて顔だけ熱い。


「仕方ない、続きは」


「ベッドの中でも布団の中でも聞かないよ」


「さすがはあたしの嫁、みなまで言わなくても察してくれたのね」


「嫁じゃないから。とにかく、私はお風呂に入らせてもらうね。お湯、ありがとう」


 早口でまくし立て、風呂場に移動する。

 シャワーで済ませる予定だったので、お湯に浸かれるのは本当にありがたい。

 もしかして、部屋のリフォームも可能だったりするのだろうか。

 厚かましいお願いだけど、ダメ元で頼んでみようかな。

 ファルムが望むなら、胸ぐらい触らせてあげてもいいかもしれない。

 我ながらチョロいとは思う。

 でも、ファルムの言葉で心が軽くなったのも確かだし、私だけを愛してくれるっていう気持ちも嬉しい。

 少しぐらいなら、こちらから歩み寄ってもいいはずだ。




 風呂上り。いつもは体を拭くたびに嫌でも胸を意識させられるから、不愉快な気分を拭えなかった。

 それが今日は、むしろ機嫌がいい。


 ――ありがとう、ファルム。


 出会ったばかりなのに長年の悩みを解消してくれた居候に、心の底から感謝する。

 本人に伝えたら調子に乗って下品なことを要求されそうだから、声には出さないけどね。

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