3話 エッチなことは断固拒否

「半端なく美味しかったわ! さすがあたしの嫁ね!」


「ありがとう。嫁ではないけどね」


 卵焼きと味噌汁にほうれん草のお浸しと簡単な物しか作っていないけど、口に合ってよかった。

 ちなみに、味噌とほうれん草もファルムちゃんに創造してもらった物を使用している。

 私が料理しなくても完成品を創造すればいいんじゃないかと意見したところ、「カナデが作ったご飯を食べたいのよ」と言われてしまい、断るわけにもいかないので今後も私が食事の用意をするのは変わらない。

 材料費を気にしなくていいので、ネットでレシピを調べていろんな料理に挑戦するのも面白そうだ。


「美味しいご飯でお腹も膨れたし、いよいよ愛の営みをするときが来たわね! ほら、さっさと脱ぎなさい!」


「ファルムちゃん、本当にエッチなことしか頭にないんだね」


「あたしたちの仲なんだから、呼び捨てでいいわよ」


 私たち初対面だよね。家で一緒にご飯食べたけど、公園で出会ってからそんなに時間経ってないよ。

 本人の要望だから、遠慮なく呼び捨てにさせてもらおう。


「ファルムって何歳? まだ思春期って歳でもないと思うんだけど」


 あくまで人間としての基準で、ファルムちゃんを外見だけで判断した場合での推測だけど、まだ初潮も迎えていないような年齢にしか見えない。

 好きな子がいる程度ならともかく、二言目に性交渉を持ちかけるような歳ではないだろう。


「あたし? 年齢なんていちいち覚えてないわよ。そうね……この世界が誕生したときの観測パーティーに呼ばれたから、少なくともあんたよりは年上よ。泉に投影した映像だったけど、あれはきれいだったわね」


「へ?」


 私より年上とか、そういう次元の話じゃない。

 嘘をつく必要もないから事実なんだろうけど、スケールが規格外すぎて開いた口が塞がらない。


「人間にとってはちょっとばかり長寿かもしれないわね」


 宇宙の誕生より遥か昔から生きているのを『ちょっとばかり長寿』と表現するのは絶対に間違っている。


「おばあちゃんって呼んだ方がいいかな?」


「なんでよ! あたしはまだまだ若いわよ! 見てわかるでしょ!?」


 確かに、若々しいどころか幼い。

 見た目もそうだし、元気もあり余っている。

 いわゆるロリババァという存在なんだろうけど、話し方がお年寄りっぽいわけじゃないからいまいちしっくりこない。

 うん、普通に名前呼びのままでよさそうだ。


「そうだね、ごめん。年齢以外は若いよね」


「地味に棘のある言い方だけど……まぁいいわ。年寄りではないけど子どもでもないんだから、早く裸になって抱かれなさいよ」


 なんて身も蓋もない誘い方だ。

 無限ループになるから胸の内に秘めておくとして、この子がお年寄りであることはもはや明白である。

 その歳まで守ってきた純潔を私に捧げてくれようとしていると考えると、悪い気はしない。


「異世界ではそういうことする相手、いなかったの?」


「気が遠くなるような長い間、あたし好みの生物は生まれなかったわ。最近就任した女神がエロかわいかったから襲おうとしたら、半殺しにされてこの世界に追放されたのよ。ヒマだからこの星を掌握しようかと考えていたら、あんたが通りがかって心を射抜かれたってわけ」


 密かに気になっていたので、この世界に来た経緯を説明してくれて助かる。

 ただ、引っかかる点があった。


「ということは、私ってその女神様の代用品ってこと?」


「それは違うわ。あのメスガキに心惹かれたのも確かだけど、まだあんたのことを知らなかったからよ。もし同時に出会っていたら、迷わずカナデを選ぶわ」


 女神様をメスガキと呼ぶなんて、これほど罰当たりなことがあるだろうか。


「本当? 私より好みの人が見付かったら、すぐに乗り換えたりしない?」


「あたしは生涯カナデだけを愛すると誓うわ。なんなら、証拠を見せてもいい」


「証拠?」


 というより、もしかしていまプロポーズされた?

 そう簡単にうなずいたりはしないよ。

 私はそんなに軽い女じゃないんだから。


「かなり痛いけど、一瞬だから我慢してちょうだい」


 ファルムはちゃぶ台に身を乗り出し、人差し指の先端を私の額に当てた。

 直後、全身の細胞が破裂するかのような激痛が走る。

 心臓がドクンッと激しく脈を打ち、視界が真っ赤に染まった。

 死んでもなんら不思議ではない苦痛も束の間、気付けば痛みが完全に消えている。


「つらい思いをさせて悪かったわね。無事に終わったわ」


「終わったって、なにをしたの?」


 言われた通り痛みは一瞬だったけど、どこにも変化は見受けられない。

 

「あたしの命をカナデに預けたのよ。あんたが望めば、あたしは無条件で死に至るわ」


「え!? なんでそんなこと……私たち、会ってまだ数時間だよ?」


 そこまでするほどの好意を抱いてくれるのは、素直に嬉しい。

 でも、初対面の相手に自らの生殺与奪を委ねるというのはいくらなんでも早計が過ぎる。


「会って数時間だから、あたしの誠意を伝えるために手っ取り早い方法を選んだのよ。言っておくけど、この魔法は一度きりしか使えないわ。使おうと決めた時点で、二度目はない。だから、信じなさい。あたしはあんたのことを愛し続けるし、たとえこの先に誰が現れようと心変わりはしない」


 私の目を見据える真剣極まりない眼差しは、彼女の言葉が本物であると物語っている。

 ちょっとした反抗心というか、半分イジワルで言ったことが原因だけど、ファルムの気持ちはきちんと受け取った。

 一生に一度の魔法を初対面の相手に使うなんて、途方もない時間を生きてきたハイエルフの考えは凡人の私なんかでは想像も及ばない。


「分かった、信じるよ」


 思えばここまで全幅の信頼を置かれるのは初めてのことだ。

 ファルムの思い通りになってるみたいで癪だけど、すでに私の心はこの子を信用しつつある。

 一緒に暮らすうちに、親友と呼べるような仲になれるかもしれない。

 私は改めてよろしくという気持ちを込め、ファルムに笑顔を向けた。


「カナデ、セックスするわよ」


 はい、台無し。

 やっぱりダメだ。

 所詮は体目当てなんだと落胆してしまう。

 信頼の証として命まで預けてくれたわけだから、いますぐ出て行けとまでは言わないけどね。


「やだ」


「なんで――いや、人間の常識で考えると無理もないのかしら。女性同士で性行為に及ぶのは、経験者及び理解者を合わせても極めて少数派だったはず。そもそも……」


 ショックを受けた顔をしたかと思えば、急にブツブツと独り言をつぶやき始めた。

 なにやら長くなりそうだったので、私は静かにお茶の用意を始める。

 急須と湯呑みをちゃぶ台に置き、バッグからスマホを取り出す。

 しばらく趣味であるナンプレのアプリを楽しんでいると、ファルムが「ふぅ」と短く溜息を吐いた。


「悪かったわね、カナデ。会話に必要な知識や情報は魔法で補っていたつもりだったけど、どうやら準備不足だったらしいわ」


「そ、そうなんだ」


 私としてはよく分からないが、本人が分かっているならなにも言うまい。

 これを機におやつ感覚で性行為を要求するのを止めてくれるなら、いい関係を築けるだろう。


「ええ。最初に伝えておくべき情報を、まだ開示していなかったのよ。我ながら致命的な落ち度と言わざるを得ないわね」


「へー」


 なぜだろう。

 内容は予想できないのに、どうせくだらないんだろうなぁという確信めいた予感がある。


「実は、百合という女性同士の恋愛を差す言葉があって、いまや創作物のジャンルとしてもそれなりの知名度を誇っているのよ。カナデも恋愛は男女で行うという固定概念を捨てて、新たな世界に飛び込んでみない?」


「ごめん、百合は知ってる」


「え?」


「むしろアニメとかマンガは百合系のやつしか見てない」


「は?」


「えーと……なんか、ごめんね」


 ファルムの自信に満ちた笑顔が徐々に生気を失い、完全なる無と化した。

 私が悪いわけではないものの、いたたまれなくなり謝ってしまう。


「だったら話は早いわ! カナデ、いますぐセックスするわよ! 朝まで休まずヤりまくるわよ!」


「絶対に嫌!」


 私は断固として意思を曲げず、頑なに拒み続けた。

 たとえ真摯な態度で求められようと受け入れるつもりは毛頭ないけど、あそこまで下品な誘われ方をして首を縦に振るわけがない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る