2話 思っていたより好条件だった

 我が家へと場所を移し、いよいよもって逃げるという選択肢が封じられた。

 現在の入居者は私だけなので、ほんの少しなら騒いでも迷惑にならない。

 友達がいないため来客など想定しているはずもなく、自分用の座布団をファルムちゃんに使わせている。

 脅迫まがいの方法で家に上がり込んだ相手に気を遣う必要があるのかは甚だ疑問だけど、私だけ座布団を使うのも気が引けるのでよしとしよう。


「もう一度、改めて言ってあげる。カナデに一目惚れしたわ! というわけで、あたしの世話をさせてあげる! 心から感謝して涙を流しなさい! 身に余る栄誉を噛み締め、あたしに奉仕するのよ!」


 自己中という概念が実体化したみたいな子だ。

 寛容な心を持とうと努めていても、あまりの理不尽に頬が引きつる。


「一目惚れって、私のどこがいいの?」


 せっかく親が産んでくれた自分を貶すつもりは毛頭ないけど、ファルムちゃんほどの完成された美幼女が執着するほどの魅力があるとは思えない。


「そこまで教えてほしいなら仕方ないわね。あたし自ら語ってあげるわ。長く艶やかな黒髪や瑞々しい色白の肌、やや幼さを残しつつ芸術的なまでのバランスで整った目鼻立ち、輝くような存在感を放ちながらもどこか儚げな雰囲気を身にまとい、なにより特筆すべきはその胸! すらりとした手足とは不釣り合いなほどに膨らんだ推定Kカップの爆乳! 童顔なのに爆乳というギャップもさることながら、単に大きいだけでなく形も素晴らしいことは服の上からでも容易に察せられるわ! その双丘に顔を埋めたい! 温もりと柔らかさを存分に味わいながら窒息したい! これほどまでの熱い感情は未だかつ――」


「ストップ! 分かった、分かったからもう止めて! なんか恥ずかしくなってきた!」


 内容の大半が胸のことだったけど、ここまで絶賛されたらさすがに耐えられない。

 お世辞だとしても、私は褒められ慣れていないのだ。


「まだ序盤なのに……まぁいいわ、続きはベッドの中で囁いてあげる。ところでベッドはどこにあるのかしら?」


「この部屋にベッドが置けるとでも?」


「……それもそうね」


 ふっ、と憐れむように笑うファルムちゃん。

 生まれて初めて、子どもを殴りたいと思った。

 こんなかわいい子に惚れられるのは光栄だけど、傲慢すぎる性格を抜きにしても、誰かを養うほどの余裕はない。

 とはいえ、だ。


「騒がないって約束してくれるなら、ここに住んでもいいよ」


 いまさら放っておけない。

 結果論とはいえ現状では実害がないわけだから、しばらく面倒を見るぐらいなら……と、思ってしまった。

一度そういう考えが浮かんだら、もう遅い。

 心を鬼にして家から追い出せば、私は罪悪感に押し潰されるだろう。


「そ、そんなに激しいプレイをするつもり!? あ、あんた、もしかしてビッチ……?」


「違うよ! そういう意味じゃないし、そもそも彼氏どころか友達もいないボッチだよ!」


 自分で言ってて悲しくなる。

 社交的な性格じゃないから仕方ないと分かってはいても、友達0人というのはやはりつらい。

 彼氏なんて一生できなくてもいいから、一人ぐらい友達が欲しい。


「ほう、つまり処女だというわけね」


「う、うん」


 なにが悲しくて幼女にこんなことを答えなくちゃいけないんだ。

 というか、子どものくせになんてことを訊いてくるんだ。


「あたしも初めてだから安心しなさい。天にも昇る快感を味わわせてあげるわ!」


平らな胸をドンッと叩き、偉そうに豪語する。前後で文脈が繋がっていない。

幼女なんだから未経験なのは当然として、なぜにそこまで自信満々な態度を取れるのだろうか。


「ファルムちゃんの戯言はさておき、バイトのシフト増やしてもらわないとなぁ」


 いまは土日だけだから、平日も放課後に入れるよう頼んでみよう。

 私のバイト先は近所のコンビニだ。家と学校の中間辺りにあるので、下校中に客として立ち寄ることも多い。


「むしろ減らしなさいよ。あたしとの時間を大切にしなさい」


「君を養うための苦肉の策なんだから、あんまり無茶なこと言わないでよ」


「お金の心配なら不要よ。あたしの創造魔法をもってすれば、人間の生活に必要な物なんて余裕で用意できるわ」


 また唐突にファンタジーなことを言い出したな。

 にしても、いまのが本当なら助かるどころの話ではない。


「それって、どのぐらい融通が利くの? 水とか火って出せる? 食べ物は? 壁を防音にしたりできたりする?」


「当たり前よ。ちなみに、防音に関してはすでに結界を張ってるから、外部に音が漏れることはないわ。そんな質問をするなんて、あたしを誰だと思っているのかしら?」


「異世界から来たハイエルフを自称し、初対面の相手を脅迫して家まで押しかけた挙句に世話をさせようとする生意気な幼女」


 簡潔にまとめると、そんなところだろう。


「そう、あたしはハイエルフ。世界に数体しか存在しないとされる超希少種よ。そして、地上において創造魔法を扱えるのはあたしだけ! 生態系の頂点に君臨していると言っても過言ではないわ!」


 ハイエルフというところだけピンポイントで抽出された挙句、意味不明な自慢をされた。

 それはともかく、どうやら創造魔法というのは相当に便利なものらしい。

 二人分の光熱費や食費などの懸念が丸ごと解消されるどころか、いまよりずっと快適な暮らしも夢ではない。

 結界とやらのおかげで、騒がしくしても近隣に迷惑をかけずに済む。

 ここまで至れり尽くせりな環境を整えてくれるなんて、逆に申し訳ないとさえ感じてしまう。


「分かった。そこまでしてくれるなら、喜んでファルムちゃんのお世話をさせてもらうよ」


「ふっ、いい心がけよ。忠誠の証として跪き、爪先にキスしなさい!」


「さてと、そろそろ夕飯を作ろうかな。ファルムちゃん、卵と醤油と砂糖出して」


 適当にあしらいつつ、さっそく創造魔法とやらの力を見せてもらうとする。


「頼めばヤらせてくれそうな顔してるくせになかなか強情ね。ふふっ、調教し甲斐があるわ」


「サラッととんでもない暴言吐かないでよ! 私そんな顔してないから!」


「勘違いしないでよね。あんたの顔立ちは清楚かつ神聖で、一縷の穢れも感じさせない無垢の象徴たる造形だわ。あたしが言ってるのは、いかにもお人好しそうで、強く頼んだら渋々ながらも股を開いてくれそうだなーってことよ」


 どっちにしても失礼だ。

 恥ずかしげもなく容姿を褒められた嬉しさと、後半の内容に対する腹立たしさの落差が尋常じゃない。

 なんの取り柄もない私だけど、親を泣かせるようなことだけはしないと心に誓っている。

 たとえ相手の命がかかっていたとしても、易々と体を許すなんてことは絶対に有り得ない。


「で、卵と醤油と砂糖は?」


「あぁ、悪かったわね。はい、どうぞ」


 言うが早いか、台所が一瞬光ったと思ったら要求した物がそこにあった。

 さすがに目を疑って実際に触り、恐る恐る味見もしてみる……本物だ。


「す、すごいね! ファルムちゃん、本当にすごいよ! もう一生一緒にいてほしいぐらいだよ!」


「大したことじゃないわ。心配しなくても結婚してあげるから安心しなさい」


「あ、そういう意味で言ったんじゃないから」


 改めて、ファルムちゃんが創造してくれた品を確認する。

 卵については生命をゼロから生み出していると考えれば怖い気もするけど、難しいことは気にしないでおこう。

 醤油は1リットルのペットボトルに入っており、当然ながらラベルはない。

 ちょびっとだけ手のひらに垂らして舐めてみたところ、ほどよい塩加減と芳醇なコクが舌を喜ばせる。

 先ほど味見したときも驚かされたが、健康に悪いと分かっていても永遠に舐め続けていたいほどおいしい。

 円柱型のビン容器に詰められた砂糖も、人工的ではない上品な甘さが際立つ極上の一品だ。


「容器は具体的なイメージがなかったから質素だけど、それぐらいは我慢しなさいよね」


「全然大丈夫だよ。美味しい卵焼き作るから、楽しみにしててね」


「デザートはもちろん、カナデよね?」


「は?」


「な、なんでもないわ。頑張って作りなさい」


「うん、任せてっ」


 どうやら私の順応力はなかなか高いらしく、ファルムちゃんとのやり取りにも慣れてきた。


「料理中の後姿ってのも、なかなかそそるわね」


「あんまりうるさいと、しゃべれなくするよ?」


「あら、あんたの唇で塞いでくれるのかしら。それは楽しみね」


「ううん、安全ピンで」


「ひぃっ! し、静かに待ってるわ」


 人知を超越した魔法を使えても、こういう話には弱いらしい。覚えておこう。

 最初はどうなることかと不安に思ったけど、楽しく暮らしていけそうだ。

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